例えば今日、世界から春が消えても。

「この子、昨日は少し目を覚ましたのよ。もしかしたらまた起きるかもしれないから、話し掛けてあげて」


さくらの母親の言葉は静かで、でもそれでいて温かい。


僕の為にわざわざ時間を割いてくれた事に深く感謝しながら、僕は頭を下げた。


そして、彼女の足音が病室から遠ざかっていったのを確認した後。


「…さくら、聞こえる?」


僕は、彼女が入院してから何度も口にしたその言葉を投げ掛けた。



さくらの病室は、まるで子供部屋のように綺麗に装飾がなされている。


お喋りな看護師さんの話によると、入院が長くなる事を既に想定していた彼女の両親は、少しでも我が娘が元気になるようにと入院の翌日から部屋を飾り付けていたらしい。


枕元には彼女が愛用していたという小さなクマのぬいぐるみが置かれ、壁には彼女が心を込めて描いた本物の春の絵が何枚も張られている。


いつ見ても可愛らしいこの病室の雰囲気は、彼女にぴったりだ。



「さくら。今日、エマが教えてくれたんだけどね」


ベージュ色の毛糸の帽子を被り、酸素マスクを付けたまま眠っている彼女の隣に腰掛けた僕は、彼女の手を握りながらそっと語り掛ける。


「大学の学者が、30年後に春が戻ってくるって正式に発表したんだ。昼には会見も開かれてたみたいで、学校中がその話題で持ちきりだったよ」