例えば今日、世界から春が消えても。

そっと声を掛けると、彼女は背伸びをやめて振り返り、あの太陽みたいな笑顔を浮かべて頷いた。



「…和田君は、春が戻ってきて欲しいと思う?」


それは、不意打ちだった。

同じペースで階段を上る最中に投げ掛けられた、質問。


「え、」


驚いて隣を見ると、飯野さんは今までと変わらぬ表情で、ん?、と小首を傾げる。


「ああいや、」


3階までの道のりが、酷く長く感じた。


「ほら、梅雨って本当は6月にあったんでしょう?それが急に早まっちゃってさ。入学式くらい晴天で迎えたかった、とか思わない?」


僕が言葉を失っているのに気が付いたのか、彼女は手を振りながら言葉を付け足してくれる。


「あー、…どうだろう」



正直、入学式の天気なんてどうでも良かった。


現実世界の天気がどうであろうと僕の心は年中梅雨だし、それが終わらない限り古傷の痛みは止まない。


でも、春があったら自分の人生はどれ程変わっていただろうか、と、想像した事はあった。


もしかしたら、いや、もしかしなくても、今のように“死にたい”とまでは考えなかっただろう。



「…もしも春が戻って来るのであれば、戻って来て欲しいけど、」


ただの好奇心からの質問にこれ程真剣に答えなくても良いはずなのに、必死で今の自分に最も適切な言葉を探してしまう。