例えば今日、世界から春が消えても。

どう挨拶をしたらいか分からなくて、まるで結婚話を切り出す彼氏のような文言になってしまった。


それなのにさくらの母親は笑って入るように促してくれたから、氷のように凝り固まった心が少しずつ溶けていくのを感じる。


「お邪魔します…」


玄関で靴を脱ぎ揃えてから家の中に入ると、

「いらっしゃい」

と、どこからか男性特有の低い声が聞こえてきた。


くるりと振り向くと、リビングと思われるドアの隙間から、さくらの父親であろう人がじっとこちらを見つめていて。


「あっ、…初めまして。和田といいます」


「娘から話は聞いてるよ。今日は短い時間だけど、ゆっくり楽しんでくれ」


一瞬、怖そうな人だ、と勝手に判断した自分を本気で殴りたくなった。


何故なら、そう言って笑った彼の目元はさくらと同じ柔らかさを含んでいたから。


「ありがとうございます」


そう言って丁寧にお辞儀をしながら、僕は自分の胸の中に得も言われぬ感情がわき上がるのを感じていた。


こんな数秒の会話だけでも、自信を持って言い切ることが出来る。


さくらの家族と僕の今の家族が抱く優しさには、天と地の差があるという事を。


さくらの家は温かな空気に包まれていて、

今は思い出せないけれど、春の日差しはこんな温もりをしているのかもしれない、と思った。