例えば今日、世界から春が消えても。

思わずにやけかけた僕は、さくらが続けた言葉に首を傾げた。


「私も美術部辞めた事、後悔してない」


彼女は、微笑んでいた。


そういえば、さくらは転校初日に自分が美術部に入っていたと言っていたっけ。


「うん?」


試合を応援しに来た親御さん達の歓声が、どこか遠くで聞こえる。


彼女の毛糸の帽子を撫でて促すと、彼女はそれに応える様に僕の右腕を掴む手に力を込めた。



「私ね、部活で、今は存在しないものばっかり描いてたの。そのうちの1枚をコンクールに出したら運良く入賞したんだけど、そしたら」


僕の脳裏に、左利きで芸術性豊かなさくらが一心不乱にキャンバスと向き合っている様子が浮かび上がった。


目の前で僕の方を見つめていた彼女は、僕の背後に広がる秋晴れの空を見上げる。


「他の人から妬まれた上、まともなのを書いて欲しいって言われて結局退部。入賞出来たのは自分の力を認めて貰えた証拠だし、その後すぐに引っ越したから何とも思ってないんだけどね。…だから私も、後悔はないよ」


今は存在しないもの、まともなものを描いて欲しい。


彼女の言葉を頭の中で反芻させた僕は、そっと目を閉じる。


瞼を閉じて見えてきたのは、

「さくらは、…春を、描いてたの?」

自らのせいで失われた春と真摯に向き合い続ける、彼女の健気な後ろ姿。