美術部の誰かが丹精込めて描いたであろう作品にそっと手を滑らせた彼女は、再び笑顔で歩き始める。


「私ね、前に居た高校で美術部に入ってたんだ」


2階へ向かう階段を降りている最中、窓の外から聞こえる雨の音に耳を澄ませていた彼女が静かに口を開いた。


「そうなんだ」


もっと褒め言葉を掛けるべきだと分かっていても、何をどう伝えればいいか分からなくて、良い反応が取れない。


「こう見えて絵を描けるの、意外じゃない?」


でも、僕が申し訳なさを感じているのに気付いているのか否か、彼女は至って普通に話を続けていく。


「私左利きなんだけどね、左利きの人って右利きの人に比べて感性が豊からしいよ」


「そんなデータあるの?」


2階にある職員室の隣を歩いていた彼女は、ぴたりと足を止めてこちらを振り返った。


「はい?」


その目は今までの柔らかなものとは違い、まるで針の先端の如き鋭さを持ち合わせていて。


もしかして、怒らせた?

彼女の鋭い眼光から目が離せず、蛇に睨まれた蛙の様に萎縮しそうになる。


と。


「嘘、冗談!理系だからって、全部データで解決しようと思わないでよね!」


彼女は瞬きのうちにあの笑顔になり、ふふっ、と口を押さえた。


「あ、…びっくりした、怒らせたかと思った」


「えーっ、私そんなに短気じゃないよ!」