例えば今日、世界から春が消えても。

彼女の姿を見た瞬間、正常な鼓動を刻んでいたはずの心臓が、狂ったように激しく血液を送り出すのが感じられる。


「何処行ってたの?」


「ハワイだよ。海綺麗だった」


サッカーボールを脇に挟んでいる大和からの質問に、彼女は眉を下げて笑いながら答えていて。


その笑顔を見ただけで、今まで彼女を心配していた気持ちは一瞬で吹き飛んでしまう。



「あれ…冬真君は?」


そんな時、不意に彼女が僕の名を呼ぶ声が聞こえた。


瞬間、心臓の鼓動が一際大きくなる。


「まだ来てないのかな」


小さな身体をぐるりと回して教室内を見回したさくらの目と、ドアの前から1歩も動けない僕の目がかち合った。


「あ」


さくらの嬉しそうな声が、ふわふわと僕の周りを漂う。


彼女の声に反応したエマと大和も、半身を捻ってこちらを向く。


「おはよう、冬真君。久しぶりだね」


僕の方に無邪気に手を振る彼女の声には、微かな異変が感じられた。



「っ、おはよう」


その場から動く事が出来なかった僕の足が、吸い寄せられるようにさくらの元へと歩みを進める。


「あー良かった、サクちゃんに何かあったのかと思った!携帯も繋がらないし、先生も何も知らないって言うし」


そして、さくらを中心とする輪に加わった僕は、リュックを机の横に掛けながら、心底安心した様子のエマの声に耳を傾けた。