戻り駅

 小さな悲鳴を上げ、同時に地面から顔を上げて空を仰いだ。そこには透き通るような青空があった。さっきまでとなにも変わらない夏の空。


 だけど空気が変わった。


 排気ガスと人々が歩いて立てる埃の香りが消えて、かわりに新緑の匂いが鼻腔を刺激したのだ。


「え?」


 上を向いたまま違和感に目を見開き、途端に涙も引っ込んで周囲を見回した。


 さっきまでいた学生たちの姿がない。


 展示されていた汽車も、派出所もない。


「え!?」


 慌てて立ち上がり、手の甲で乱暴に涙をぬぐってしっかりと周囲を確認した。


 そのはいつもの駅じゃなかった。


 ロータリーもなければ待合所もないし、バス停もタクシー乗り場もない。舗装されていない地面は薄茶色のサラサラとした砂で、手で握り締めてみると指の間から滑り落ちていった。


「なに、これ」


 呆然としたまま立ち上がると膝に痛みを感じた。


 ついさっきコンクリートに打ち付けてすりむいた傷だ。


 私は確かに最寄り駅にいた。それを、その傷口は物語っている。


 だけど今は違う。


 見慣れた駅はどこにもなくて、私の目の前にあるのは小さな無人駅だった。


「これが、戻り駅?」


 駅に掲げられている看板は色あせていて、半分が読めなくなってしまっている。だけどそこには確かに『戻り駅』と書かれていた名残を感じた。