「……ごめんなさい。最近私、耳が仕事をしてくれないみたいなの。もう一度言ってくれる?」
「えっと……王太子殿下が……コレットお嬢様にお会いになりたいといらっしゃっています」


 ちょっと待ていっ!
 いつも何か用事がある時は、昼でも夜でも好きな時に私を王宮に呼び出していたのはどこのどいつだーい! そんなブラック殿下が、わざわざうちに足を運ぶなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないでしょ。

 もしくは、知らないうちに天地がひっくり返ったのかしら? 窓の外をチェックしなきゃ……って、とりあえず、


「今日は会えないと伝えてちょうだ……」
「コレット! 階下にレオがいたから連れてきたぞ!」


 ジェレミーお兄様が私の言葉を遮り、私の部屋に連れてきた殿下を置いて風のように去っていきました。お兄様、あなたの超・合理的な性格は尊敬しますが、もう少し人の感情の機微というものを学んでいただけませんか。そして侍女たち! こんな年頃の男女を残して、全員いなくならないで!

 私の部屋に、私と殿下だけがポツンと残されました。

 ……殿下が手に持っているのは、鉢植え?

 なんなの? そんなにその鉢植えにこだわる理由って。もしかしてその鉢植えも、ドレスと一緒で呪いの花が咲くの?


「コレット……」


 悪魔が口を開きます。声ちっさ!


「殿下。急にどうなさったのですか? 私、きちんとお伝えできていませんでしたでしょうか。馬に蹴られてしまえと申し上げましたが」


 精一杯の嫌味を言ったけど、殿下はいつもと様子が違います。怒るわけでもなく、ひるむわけでもなく。ただただ手に抱えた鉢植えを持って、ジリジリとこちらに近づいてきます。

 なんだかこの光景、見覚えがありますね。
 なんだっけ……


 あ! バスケットボールの1on1です!
 なるほど、鉢植えを持ったまま突破したい殿下と、それを阻止したい私。お互いちょっと腰を落として、右に左に動けるようにしておくべきですね。さあ、来い! ファイッ!


「コレット。話したいことがあって来た。少し時間をもらってもいいだろうか」


 あれ? 1on1やらないの? 落としたら割れちゃう分、バスケより鉢植えの方が緊迫感があっていいかなって思ったんですけど。
 っていうか、どんだけその鉢植えを私の部屋に置きたいねん!


「今日は、コレットと話したいことがいっぱいある」


 だから殿下、声ちっさ!! 私はそんなに話したいことは無いのですが。

 ちょっと、ちょっと殿下!
 近いです!
 来ないで!

 やめてぇぇぇーっ!