コレットの話によると、乙女ゲーム『ムーンライト・プリンセス』における、ヒロインの攻略対象は五人。

 まず、王太子レオナルド。つまり俺。
 ヒロインが王太子ルートを選択した場合、俺はコレットと婚約破棄してヒロインと結ばれる。その後のコレットの行く末は、ゲームのシナリオには描かれていないそうだ。コレットがゲームの中の世界で、その後幸せに暮らしたのかどうかは分からない。

 その他の四人の攻略対象は、全員俺の友人だった。
 ヒロインが選ぶルートによって、コレットの未来が変わる。平民に落とされて孤児院で働くことになったり、国外追放されたり。俺が側妃を迎えて一生放置されるなんて道もあるそうだ。

 そして極めつけが、エリオット・スペンサールート。国王陛下の怒りを買ったことが原因で辺境の修道院に送られたコレットは、なんと流行病《はやりやまい》で死んでしまう。

 この平和ボケしたグランジュール王国で、コレットが言うような悲劇が本当に起こるのか。なかなかイメージはしづらいが、もし本当にこのシナリオが現実のものになってはたまらない。五つのルートを改めて考えてみた。

 エリオットルート以外の四つのルートは、俺の努力や工夫次第で何とか結末を変えられるのではないかと思った。最終的には王太子である俺の判断によって、コレットを悲劇に追いやっているからだ。

 しかし、エリオットルートだけは違う。
 このルートだけは、国王陛下の決断がきっかけとなってコレットの悲劇が始まっている。

 つまり、ヒロインがエリオットルートを選択することだけは、絶対に避けなければならない。俺の努力で結末を変えることができない上に、コレットを待っているのは『死』だ。

 そのためには、エリオット以外の三人に頑張ってもらわなければ。そして……認めたくはないが、ヒロインが王太子ルートを選ぶことが最も安全なルートだ。
 予防線は多い方が良い。ヒロインが現れたら、とにかく全員の出会いイベントやらを発生させようと決めた。

 エリオットとの出会いは避けた方が良いに決まっているが、ゲームシナリオの強制力がどれくらいあるのかが未知数な今、下手に避けて失敗するのも怖い。ゲームの強制力を確かめるために、まずは王太子ルートの出会いイベントで、シナリオからちょっと外れた行動を取ってみようと思った。エリオットとの出会いを避けるかどうかの判断は、それからだと。

 エリオット以外の三人には、予めこのゲームのことを伝えて協力を仰ごう。友人からの人望も厚いこの俺に、協力してくれないはずがない。俺を含めて四人のルートのどれかに引っかかりさえすれば、その後のヒロインの扱いなんてどうにでもなる。

 俺の意思だけでどうにもならなかった時や、万が一エリオットルートに入ってしまった時のことを考えて、この国の法律も変えておこうと思った。

 今の法律は、国王陛下の決定の前には無力。そもそも世襲制のこの国で、優秀な人材が国王になるとは限らない。国王の決定が常に最善なんてことはあり得ないのだ。法律を整えて、民を守るのが筋だろう。

 それで俺は先進的な法治国家である隣国に二年間留学して、法律を学んだ。


 話を元に戻そう。

 王太子ルートにおいて、ヒロインと俺が迷い込んだ森で見つけるムーンライトフラワー。夏至の日に一日だけ花を咲かせるというムーンライトフラワーを一緒に見た恋人同士は、必ず結ばれるという伝説がある。
 ゲームのタイトル『ムーンライト・プリンセス』から考えて、その伝説になぞらえたストーリー展開になっているはずだ。

 間違ってもこのムーンライトフラワーをヒロインと二人きりで見つけるなんて御免だと思った。ゲームの強制力がいかほどのものかの確認もかねて、ムーンライトフラワーを先に見つけ出して別の場所に移動させておくことにした。マティアスに調べさせて、見つかった苗を鉢植えにしてもらった。

 なぜだかコレットもコレットで、マティアスにムーンライトフラワーのことを調べさせていたらしいが。

 ヒロインとの出会いイベントにはコレットも同行させた。ムーンライトフラワーは鉢植えにして森から離しておいたが、ゲームの強制力でその鉢植えの場所まで誘導されてしまっては元も子もない。
 コレットも近くにいれば、万が一の時にも俺とコレットで一緒にムーンライトフラワーを見られる。そのためにわざわざ出会いイベントに同行させた。

 ちなみにシナリオを外れても、今のところは目立った問題は起こっていない。



 ……実は、これまでの俺の長々とした話は、全部前置き。鉢植えの話をするための。

 つまり、今コレットが生徒会室で一生懸命育てていた鉢植えは、何を隠そうムーンライトフラワーなのだ。

 ヒロインも出入りできてしまう生徒会室なんかに置いておくのは絶対ダメだ。コレットの部屋で大事に育ててもらおうと思っていたのに、なんでこんなところに置いているんだと、ついカッとなってしまった。

 コレットがあんなに怒ったのは初めてだ。こんなにいつもコレットのことばかり考えているのに、結局俺はコレットの気持ちなんて何一つ分かっていなかった。あんな無邪気で明るくて、大事なところで失敗してもいつも前向きなコレットが、実は心の中ではあんなにも悩んでいたなんて。

 コレット、ごめん。

 エリオットは変態だけど、それでもお前がエリオットを好きなら仕方ないと思っていた。お前とエリオットが結ばれれば、ヒロインがエリオットルートを選ぶこともない。その時は俺が諦めようと思った。離れがたくなるから冷たくした。コレットのことをずっと傷つけていた。

 さあ、コレットに完全に嫌われている俺。これからどうする。