目の前にいたのはエリオット様でもなく、その辺の大人でもなく、なんと王太子殿下です。こんなに走ったのに一切乱れていない金髪サラサラヘアーをなびかせて、彼はスマートに馬から降りました。


「君の馬が暴走したのが見えたから、慌てて追って来たんだ。大人の人を呼んでいたら間に合わないんじゃないかと思ってね」
「そっ……そそそうですか、ありがとうございます……」


 エリオット様じゃなかったのは残念だけど、殿下のおかげで命が助かりました。いつかあなたに酷い目にあわされる予定のコレットと申しますが、でもとりあえず今は感謝します。

 スッと私の方に腕を伸ばした王太子殿下。これはもしかして……抱っこ?


「おいで」
「えっ……、はいぃ」


 間抜けな声が出てしまって恥ずかしかったけれど、そのまま殿下に抱っこしてもらいました。


「ちょっと一雨来そうなんだよね。エリオットが助けを呼んでくれていると思うから、少しあそこで雨宿りしよう」


 殿下がしゃべるたびに、キラキラした粉が飛んでくるような気がします。美しいですね。殿下が眩しすぎて視力が落ちそう。あまり直視しないでおこう。
 殿下から目を離して、雨宿り先だという小屋を見ました。

 ……うん、何の変哲もない小屋です。よね?

 嫌な予感がしつつも、殿下に手を引かれて小屋に向かいます。馬二頭とも手綱を引いて、子供一人連れて、大変な目にあっている殿下。それなのに、その余裕の表情と金粉(キラキラパウダー)は一体何なのでしょう。

 何度も言うけど、あなたまだ九歳ですよね?

 小屋に入ります。はい、まさに嫌な予感的中です。ここは、アランルートでアランとヒロインが一晩を過ごす予定の小屋ですね。
 まあ、私たちはまだ九歳と七歳なんでどうでもいいんですけど、年齢が年齢なら床の争奪戦が始まるところでした。危ない危ない。


「ほら、降り出したよ。暗くなるのも早そうだから、ランプを点けておこう」


 あなた九歳なのに何でもできますね。私が前世で九歳だった時には考えられないほど逞しいです。私はその頃、馬じゃなくて自転車をぶっ飛ばしていましたから。

 ここにいるのがエリオット様だったらなぁ。こんな非の打ちどころのないキラキラ王子と、会話なんて続かないです。上辺だけの会話なんて寂しすぎるわ。


「レイラをつねったりするんじゃなかった……」
「えっ?」


 殿下に聞き返されてから、自分の心の声が口に出ていたことに気付きます。しまったー! この人にだけは悪事を暴かれたくないんです! せっかく助かった命なのにー!


「もしかして君、わざと馬をつねった?」


 聞いてた! 全部聞いてた!


「な、なんのコトデスカ」
「だから、君はわざと馬をつねって暴走させたの?」


 ひぃぃぃっ! これがバレたら国外追放? それとも修道院?! 子供のフリしてごまかすしかないか。


「おうまさんをつねったらどうなるのかなーって思って。えへっ!」


 思いっきり頭悪そうな顔で言ってみました。どうだ! ほんの出来心でやった、子供のいたずらに過ぎないのですぅ、許してください!


「へえ……」


 殿下の声のトーンが変わります。三オクターブくらい下がりましたかね? もしかして怒ってる? どうしよう、せめて国内には残してください! 私まだ、七歳の少女なんです!
 恐る恐る殿下の顔色を伺ってみます。椅子に浅く腰掛けて、手の平を組んで顎の前に。少し顔はうつむいているけど、目はしっかりこっち見てる!

 ……めっちゃ悪そうな目! そして口元が……ニヤリ。

 さっきまで天使だったはずなのに、吸血鬼にでも血吸われましたか?