「どう? この旅で、少しは心が軽くなった?」
「はい、とっても! エアトンの街並みも夕日もとてもきれいでしたし、紅を使った小物やタペストリーもとても素敵でした。グランジュールにこんな素敵な街があったなんて全く知らなかったので、とても良い思い出になりましたわ」


 私たちのグラスにワインがそそがれ、二人でそっと乾杯します。


「王都に戻ったら……どうするの? 殿下に側妃がいることを受け入れて、そのまま殿下と結婚する?」
「……結婚は、一人ではできませんから。殿下のお気持ちをお聞きします」
「側妃に、先に男子が生まれてもいいの? 耐えられる?」


 ディラン様の口から、側妃の妊娠の話が出るなんて。ウェンディ様から側妃の話は聞いたと仰っていたけれど、なぜ子供のことまで……?


「ディラン様、なぜそれを?」
「あの毛糸店の店主に聞いたんだ。王家宛に、赤ん坊用の洋服を一式納品したって。紋章を刺繍したそうだから、間違いないよ。絶対に口外しないようにって言われていたらしいけど、僕と店主は長い付き合いだからね。名誉のある仕事だから浮かれていたのか、すぐに教えてくれたよ。それに、ウェンディの兄貴が見たって言うんだ。殿下がその側妃に、『体調は大丈夫か? お腹の子は大丈夫なのか?』って声をかけているところを」


 ディラン様の言葉でレオ様と側妃のことを思い出した私は、目の前のワインを一気に飲み干します。早く飲み終わって、部屋に帰りたい。


「辛いと思うんだ。もし君がこのまま殿下と結婚しても、殿下が毎日君のところに来るなんて事はないよ。良くて側妃と一日おき。昨日の晩に側妃を抱いた腕で抱かれる自分を想像してよ……吐き気がすると思わないか?」


 分かってる。そんなことは分かってる。だから私は断罪されて国外追放されて、新しい人生を生きるの。レオ様の幸せを願いながら、でもレオ様の幸せを目の前で見てしまわないように遠くへ行くの。


「殿下は十年以上も君と婚約しているのに、一切手を出さなかったってことでしょ? それで、ポッと出てきたご令嬢があっという間にご懐妊だ。辛いだろう? もっと飲んでもいいよ」


 ディラン様の手で、私のグラスに再びワインが注がれます。私はディラン様からグラスを奪い取って、飲み干します。


「ディラン様……もうやめてください……」
「だから、僕と結婚しようよ。こうして君の好きな場所にいくらだって連れて来てあげるし、編み物だって教えてあげる。失恋の痛みは、新しい恋で埋めろって……聞いたことない? このままこの街で生きて行こうよ」
「嫌です。私、もう失礼します」


 私はテーブルに手を付いて立ち上がりますが、酔いが回って上手く立てません。もう一度椅子の上に尻もちをつくと、ディラン様が私の両腕をつかみます。