楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、いよいよ明日の朝は王都に向けて発つ日です。

 紅色に染めた布で作ったハンカチに、グランジュール王家の紋章を刺繍してみました。丁寧にハンカチを折って、袋に詰めます。レオ様の誕生日プレゼントにちょうどよいものができたと思います。

 私が四年前にエリオット様に失恋した時にレオ様が貸してくれたハンカチを、実はまだ返していないのです。一度鼻水まみれにしてしまったものを、そのまま返すのもいかがなものかと思っていたので。思い残すことのないように、気になっていたことは一つずつ消していけませんね。


「あ、明日の馬車の中での飲み物を買い忘れたわ! 明日、朝早いから買う時間ないと思って。しまったわ、こんな時間に空いているお店あるかな」
「メイ、ありがとう。私もちょうど明日読む本を宿屋の売店に買いにいこうと思っていたから、一緒に買ってくるわ。先に寝ていて」


 侍女を差し置いて公爵令嬢が買い出しに行くなんておかしいわね。

 だけどこの旅で私、メイのことがすごく好きになったのです。主人を主人とも思っていない失礼な態度だし、当初はレオ様たちを狙う敵であったはずなんだけど。それでも今のメイは、私をしっかり守ってくれる頼れる侍女なんです。


「あれ? コレット! こんな時間に買い物?」
「ディラン様」
「最後の夜だし、せっかくだから少し飲んでいかない? 君はもう二十歳だよね、いけるでしょ?」
「あまり強くはないですけれど……少しなら」


 ディラン様のおかげですっかり気分転換できたのですから、最後くらい二人で少しお話したっていいですよね。

 幸い、宿屋のテラスは開けた場所ですし、お店の方からもよく見える場所ですから。どなたかに見られたところで、私たち二人が変な関係だとは思われないでしょう。