「もう私、あのお店には行けないわ」
「なんでよ? 編み物の貴公子が待ってるわよ?」
「嫌よ、色々と嫌なことを思い出してしまうもの。師匠には御礼を渡したいから、メイが私の代わりに持って行ってくれる? 編み方もだいぶ覚えたし、最低限作りたいと思っていたものはできたわ。もういいの」


 さすが悪役令嬢ね! とプンプン怒りながら、メイは部屋を出て行きます。

 レオ様が好きになったお相手の事は誰だか知らないけれど、十三年も一緒にいても何もなかった私とは違って、きっと美しくて色気のあるお方なのでしょうね。泣きはらしていつもの三倍くらいに腫れ上がった目を鏡で見ながら、再び涙が滲みます。

 もしかしたらチョメ令嬢は、誰も攻略できなかったメイの代わりにやって来た、新ヒロインだったりして。もしそうなら、悪役令嬢コレット・リードには全く勝ち目はありません。

 でも大丈夫よ、コレット。私は初めから、断罪を素直に受け入れようと決めていたのだから。当初の予定と違うところは、あちらが既に妊娠中であるということだけ。

 遅かれ早かれそういう日が来るはずだったのだから、こんなことで気持ちを振り回されてはいけません。レオ様が私のことを『強くて自立した美しき悪役令嬢だった』と思い出してくれるように、自分をしっかり持たなければ。

 起き上がる気にならず、一日中ベッドでゴロゴロしていた私を、夕方になってから思わぬ人が訪ねてきました。師匠への御礼をメイに託したら、心配した師匠がそのまま我が家まで付いて来てしまったようです。

 今日の私は一晩中泣きすぎて、師匠に負けないくらい目が細いので、お会いするのは躊躇してしまいますね。まあ、師匠は近眼だから気づかないかもしれませんけど。