「そんなに不安なことがあるなら、逃げちゃえばいいよ」
「逃げる?」
「そうだよ。なんであえて辛い方に行くの? そんなに頑張らなくたっていいだろ? 僕も昔、父が色々と仕事で失敗しちゃって辛い時期があったんだ。学園に通うのも嫌だったし、家にいても父のイライラする姿を見るのが嫌だった。それで、実は外国に逃げた。そうしたら、今まで経験のなかった編み物に出会えたんだ」


 ああ、師匠。きっと貴方の目がもう少し大きければ、瞳をキラキラさせながら熱く語ったのでしょうね。

 師匠の仰るとおり、逃げる……というのも、一つの手かもしれません。私もこの二週間、色々と考えていました。悪役令嬢の運命からは逃れられないとして、一体私はどうしたいのかと。

 私は、正々堂々と断罪の場に立ちたいと思います。

 レオ様の前で、私は決してチョメ令嬢のことをイジメてはいないこと、レオ様に恥ずかしいことは何一つしていないことを、きちんと伝えたいと思います。その上で、素直に国外追放を受け入れます。レオ様が求める幸せを邪魔したくないから。

 だけど、レオ様の目に最後に映る私は、強く自立した女性の姿でありたい。

 そのように思ったのです。私は逃げずにパーティに向かいます。

 編み物に夢中になっていると、あっと言う間に夕方です。この二週間で、ルイーズのための手ぶくろと帽子が完成しました。淡いピンク色の天然素材の毛糸で、綺麗にできたと思います。冬になる頃には、ルイーズはもっと大きくなっているでしょうね。

 ルイーズの成長に思いを馳せながら、少し大きめに作ったニット。

 実は、ルイーズ用のものと一緒に、まったく同じ手ぶくろと帽子をもう一セット作りました。男の子にも女の子にも使える、黄色の毛糸で。これは、将来レオ様とチョメ令嬢に赤ちゃんが生まれたらプレゼントしたいなと思って作ったものです。


「だからさあ……、ちょっと想像力が先を行き過ぎてるわよ。アランに確認しようって言ったでしょ? それに、バブル時代みたいな髪型になってるけど大丈夫?」


 メイに怒られながら、私たちは毛糸店を後にします。扉を開けて外に出ると、ちょうど出会い頭に男性とぶつかってしまいました。尻もちをついた私がぶつかった相手を見上げると、それは……


「……アラン!」