やせ細った母親の背中をそっと撫でて、私はゆっくり立ち上がる。
 医師と看護師が心配そうに見守る中、私はまるで親のようにぺこっと頭を下げて、病室を後にしたのだった。



 えんじ色のふかふかの椅子に座って、流れゆく黄金色の田園をぼうっと眺めていたら、必然的に眠くなってしまう。
 電車の中で眠くなるのは、ゆりかごに揺られている状況と似ているから、というのをどこかで聞いたことがあるけれど、たしかに納得だ。
「ふわぁ……」
余命宣告を受けてから二週間の時が過ぎたけれど、私は変わらず学校に通っている。
 毎晩母親の泣き声で寝不足だったせいもあり、ガラガラの電車に座った瞬間、強烈な眠気に襲われた。
 それから、どれほど時間が経っただろう。
 ふとアナウンスが耳に入り、私はビクッと肩を震わせ飛び起きた。
「うわ、やっちゃった……」
 最悪だ。本来降りるべき駅から七駅も先に来てしまった。
 こんなに遠くまで来たのなんて、初めてだ。
 絶望的な気分で立ち上がり電車から出ると、同じようにげんなりした表情で降車した男子高校生と目が合った。
「あ……」
 男は低い声を小さく漏らすと、私を見て少しだけ目を見開く。
 赤沢八雲。彼は二年生になって東京の高校からこの島根に転校してきた、ちょっと変わった生徒だ。
 少し癖毛の黒髪をセンターパートにした、見た目はまさに今時の男子高校生という感じ。
 しかし、彼はクラス内で明らかに悪い意味で浮いている。
 なぜなら、赤沢君はとにかくずっと低体温な感じで、共感性が絶望的に薄く、何を考えているのか分からないから。
 まあ、一部の生徒にはその脱力加減がウケてるみたいだけど……。
「その様子だと、白石も寝過ごし?」
「う、うん……。赤沢君も?」
「うん、ゲームに熱中しすぎた。次来るの、三十分後だってよ。とりあえず座る?」
 赤沢君とは今までちゃんと話したことはなかったけれど、次の電車が来るまでの三十分、ひとまず同じベンチで座って待つことになった。
 背が高いから、隣に座られると存在感がすごい。
 そして、彼と話すことがびっくりするほど見つからない。
 気まずい空気の中、スマホをいじってもいいものか迷っていると、赤沢君に「白石ってさ、いつも何考えてるの?」と突然聞かれた。
 その質問に、私は思わず「は?」と間抜けな声を出してしまう。