「な、な、なななな……っ」

 フルフルと小刻みに震えながら見る見る真っ赤になっていく璃世。それを見た千里は、満足げな笑みを浮かべ口を開く。

「仮契約だ」

 動揺が収まらない璃世をよそに、千里は今の行動の意味をスラスラと説明する。

 体の一部に口づけることにより、妖気が付着する。正式な契約と違い効力は弱いが、お守り代わりには十分だと。

 ファーストキスも命もどちらも守られる。ならばこれで手打ちにすべきかもしれない。
 そう必死に言い聞かせていたところに、信じられない言葉が聞こえた。

「毎日つけ直さないといけないのが少し面倒だが、まあ仕方ないか」
「え……、毎日⁉」
「ああ。言わなかったか? 効果は一日だって」

 サラリと返され言葉を失う。

(毎日これを? この人と⁉)

 信じられない気持ちで相手を凝視したら、「どうした?」と顔をのぞきこまれた。間近に見上げられて胸がドキンと跳ねる。
 今の千里はどこからどう見ても普通の――いや、普通以上にすばらしい容姿を持つ男性なのだ。うっかりときめいたのはきっとそのせい。絶対そのせいだ。

 必死に頭をブンブンと振ったら、頬をパシパシとポニーテールの毛先にはたかれる。

「なにをやってるんだ、おまえ」

 千里は呆れ声で言い、璃世の毛束を掴んだ。

「ちょっと!」

 離して、と抗議しようとしたが、千里が言う方が一瞬早い。

「面倒なら今からでも本契約を――」
「断固としてお断りいたします!」
「ブレねぇな」

 秒で断ったのに、千里はなぜか楽しげにくつくつを肩を揺らして笑う。そんな仕草すら絵になるのが妙に悔しい。
 すると彼は璃世を見つめてニヤリと口の端を上げながら、掴んでいる璃世の毛先に口づけを落とした。

「これからよろしくな、嫁さん」
「~~~っ、仮嫁です!」

 ほとんどやけっぱちで叫んだ璃世を見て、千里は満足そうに目を細めた。




【おしまい】