来た道をひた走る。行く手を阻むように伸びる枝葉を、必死に手で払いながら。
こんなにがむしゃらに走ったのは、高校の時以来。走るのは決して苦手ではないけれど、普段の運動不足がたたり、すぐに息が上がった。恐怖心も手伝ってたびたび足がもつれそうになりながら、後ろを振り向かず無我夢中で前だけを見た。
しばらくして少し開けた場所に出た。「はぁはぁ」という璃世の息づかいだけが耳に届き、ほかの音はいっさいしない。
(追って来なかったのかも……)
そう思って足を緩めかけたそのとき。
「また迷子になるわよぉ」
「そうだぞぉ」
両耳のすぐ近くでそれぞれ男と女の声が聞こえ、次の瞬間後ろから回り込むように黒いものが前を塞いだ。
璃世は悲鳴を上げることすらできず、その場に凍りつく。
「あと少しだったのになぁ」
「あと少しだったのにねぇ」
さっきまで男女のものに聞こえていた声は、もはやそのどちらでもなく、ひしゃげた音でしかない。
黒くてグニャグニャとした物体は璃世の背の倍ほどになり、穴が空いたようになっている目の中で眼球がギョロギョロと動いている。
(こ、怖い……)
バケモノとしか言いようがないふたつの塊を前に、足はすくみ、体は震えあがった。
「逃げても無駄だぁ諦めろぉ」
「そうよぉ、どうせ逃げられやしないのさぁ」
言いながら黒いバケモノがにじり寄ってくる。
璃世は震える足をどうにか動かし必死に後ずさったが、不意になにかが足に引っかった。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げながら転倒した璃世に、黒いバケモノたちがいっせいに飛びかかってきた。
「「おとなしく我々に喰われろぉ!」」
(誰か助けてっ!)
心の中で叫びながらギュっと固く目をつむった。
――そのとき。



