京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~


「あの……本当にこっちで合っているんですか?」

 さっきから、行けども行けども道らしきものは見当たらない。草木に囲まれてかろうじて歩ける程度の場所を進んでいるうち、璃世は不安になってきたのだ。

 そういえばアリスとはぐれてかれこれ三十分以上はたつ。それなのにこの夫婦以外には誰とも出会っていない。
 山で遭難したわけでなし、まったくだれともすれ違わないなんてあり得ない。いくら繁華街ではないとはいえ、ここは京都市街なのだ。

 そのことに思い至った瞬間、璃世の全身からサーっと血の気が引いた。

 嫌な予感がする。それがなんなのか具体的にはわからないけれども、とにかくこのままではまずいと感じた。

「あのっ、私……」

 急に声を上げた璃世に、数メートル先を歩いていた夫婦が足を止める。その背中に早口で言葉を投げる。

「忘れ物を思い出して、ちょっと取りに戻りま――!」

 言い終わる直前、こちらを振り返った夫婦の顔を見た瞬間、息をのんだ。

 のっぺりとした顔にくり抜かれたような黒い目。さっきまではこんな顔ではなかったと思うのに、その顔は思い出せない。

「あら。一緒に戻りましょうか?」

 妻の方は言う。優しげな物言いとは逆に、口をへの字に下げて。

「忘れ物はまたにしなさい。もうすぐ通りに出るのだから」

 夫の方が言う。唇の隙間から真っ赤な舌をチロリと出して。

(お……おばけっ!)

 心の中では大絶叫だが、実際は喉が「ひゅうっ」と音を立てただけ。けれどこのままではまずいと思い足をジリリと後ろに引いたら、夫婦の姿が黒っぽくグニャリと歪んだ。

「け、けっこうですっ!」

 そう叫ぶと同時にきびすを返し、全速力で駆けだした。