「頑固だな。観念して俺の嫁になればいい。知らないのか? なってみれば案外いいものだぞ、夫婦というものも」
「断固としてお断りいたします!」
さっきからずっとこのやり取りを続けている。さっきというのは、目が覚めたときから。しかも布団の上にあおむけの状態で。
長い腕と足、そしてたくましい体に動きを封じられるなんて初めてなのだ。これが世に言う“床ドン”というやつか。
さすがに璃世だって、出会ったばかりの――それも人外の男性宅に泊まることになんの警戒もしなかったわけじゃない。むしろ夜通し気を張っていたのだ。
だがそれが裏目に出てしまった。朝方になって滑るように深い眠りに落ちたせいで、千里が来ても目が覚めなかったのだ。
いったん眠るとちょっとやそっとのことでは起きないのは長所だと思ってきたが、これからは短所にも加えよう。
そんなどうでもいいことを頭の片隅で考えるのは、決して余裕があるからではない。そうでもしないと正気を保っていられないからだ。
どうやったらここから逃げ出せるのか。それを必死に考えていたら、突然千里が眉を下げた。
「嫁が来ないと俺は猫生を終える。俺が死んでもおまえの胸は痛まないのか?」
「そ、そんなこと言われても……」
良心の呵責につけ込むなんてずるい。「私には関係ない」と即座に突き放さなかったせいで、千里がたたみかけてくる。
「別になにも特別なことはない。ただこの店を手伝いながら“普通に”暮らすだけでいいんだぞ?」
「普通にって……夫婦としてなんでしょう⁉」
そこが問題なのだ。
すると千里は形のよいアーモンドアイを弓なりに細め、意味ありげな笑みを浮かべる。