千里の話によると、独り身のままでいるうちはどんなに徳を積んでも半端者扱いだそう。妻帯者でないと社会(神様)的信用を得られないなんて、まるで人間世界と同じようだ。

 すると突然隣から声がした。

「話がまとまったようですので、アタクシは先に休ませていただきますわね。今日は色々あって疲れましたの」

 なにがまとまったのかさっぱりわからないけれど、璃世がなにかを言う前にテーブルからソファーに下りた白ウサギは、端に置いてあるクッションにピョンと跳び乗り、すぐにコテンと横になった。すぐさまスースーと寝息が聞こえてくる。

(え、はやっ!)
「寝つきよすぎか」

 頭の中で思ったのと同じようなセリフが聞こえ、思わずプッと噴き出す。すると千里がこちらに顔を向けた。

「そういうことだから、おまえ、俺の嫁になってもらうぞ」
「そんなっ、横暴すぎでしょ!」
「人聞きが悪いな。仕事と衣食住を確保できるんだ。悪い話じゃないと思うが?」
「で、でも……」

 いくら璃世が路頭に迷いかけているとはいえ、出会ったばかりの――しかも化け猫に嫁げと言われてもすぐにうなずけるはずがない。言葉に詰まった璃世に、千里がダメ押しのように言う。

「ここ以外に行く当てはあるのか?」
「うっ……」
「とりあえず契約のことはまた明日話をしよう。こいつがいることだし、今夜はもう店じまいにする」

 千里はすやすやと眠る白ウサギに視線をチラリとやるとすぐ、璃世の返事を待たず入り口へ行き、のれんを店の中に取り込んだ。

「ほら、ぼんやりしていないでついて来い。家の方を案内するから」
「え、あ……はい」

 流されるまま泊まることになってしまったけれど、断っても行くところがない。ここはおとなしく千里の言うとおりにして、明日改めて断りを入れた方が得策だろう。

 そう考えてうなずいた。

 けれどこの翌朝、目が覚めた瞬間に自分の浅はかさを思い知ることになろうとは、このときの璃世は思いもよらなかったのだった。