その年の冬、由実と俺は市役所に婚姻届を出した。 

 別にその日までの間に特別なことがあったわけではない。

 8月末に由実が帰国した翌日でも構わなかった。

 しかし結婚ともなると、自分たちだけのことでは済まなくなるから、ちゃんと段取りを踏んでいたらこの時期までずれ込んでしまっただけの話だ。


 両家の挨拶、あの夏の休日を工面してくれた部長への報告の段取り。

 由実も体の検査に加えて、帰国後すぐに仕事を始めていた。

 市役所に併設されている児童館の臨時職員としてだったけれど、当然のことながら英語に堪能だから、窓口への応援にも呼び出されるらしい。

 子供好きな彼女には小遣い程度の稼ぎでも充実した日々を送っている。



「祐樹君、もう病院は大丈夫だって」

 年末になった金曜日、由実は病院から検査結果を受け取って帰ってきた。

「よかったなぁ。俺も一安心だ」

 外見の回復はすっかり終わっていたのだが、あの急激な体重低下は、思った以上に深刻で、ホルモンや血液の数値は改善していたものの、正常値にはなかなか戻らなかった。

 特に薬を飲む必要はなかったけれど、月に1回の通院検査を続けていた。

「また悪くなったらいらっしゃいって。妊娠しても大丈夫だって」

「そうか。じゃぁ……それとも、まさか?」

「それはまだまだ。体の準備は大丈夫ってことで」

 入籍を済ませれば、いつ妊娠したと発表しても世間体にも問題ないし。

「ねぇ、今日びっくりだよ」

「なんかあったか?」

「今日ね、愛ちゃんに会ったの。そしたら、入籍の日、私たちと同じだって」

「マジで? 確かに大安にしたけどさぁ」

 あの金井とも連絡が続いていて、お互いに新婚生活になったことは聞いていた。まさか日付まで同じとは思っていなかった。

「結婚式はまだやってないって言ってたよ」

「じゃぁ、その辺の相談もするか」

 由実との約束どおり、結婚式場巡りも時間を見つけて始めることにしていた。

「昔のみんな集めてやりたいねぇ」

「俺は恐いなぁ。由実を泣かせていた張本人だし?」

「大丈夫だよ。だって、私はちゃんと言えるもん。初恋だったけどちゃんと叶ったよって」

 そうだ、考えてみればその通りだ。時間は掛かったけど、お互いに初恋成就となる。

 寄り道がなかったわけじゃない。お互いに独りで迷って、傷ついて、暗闇の中をあてもなく歩いていたとき、偶然ぶつかった相手は、もう一度逢いたいと探し求めていた、たった一人のパートナーだった。

「だから、同窓会やろうよ。愛ちゃんとはそんな話で盛り上がってきたし」

「そうだな、でも大変だぞ? みんなどこにいるか分からないんだから」

 自信たっぷりの様子を見ると、どうやらある程度の目星はついているようだ。

「でもね、今週末はいいかな」

「どうして?」

 由実はカーテンをしめてから、セーターを脱いだ。

「もう、ちゃんとした旦那さまだもん。祐樹君と一緒に過ごしたい。遠慮なしで、ずっと放さないでいてもらえるように、私のこと、受け取って欲しいの」

「そんなこと言って、知らないぞ?」

「うん。祐樹君のこと……、愛してるもん……」

「まったく……。……おいで」

「うん」

 それ以上の言葉は要らない。

 俺は部屋の明かりを消すと、彼女をそっと抱き寄せた。