お盆の出国と帰国ラッシュも終わり、子供たちの夏休み終了まであと僅かなカウントダウンになっている土曜日、俺は再び成田空港に来ていた。

 我ながらこの半年ほどで何度ここに来たのだろう。

 ただ、ひとりで来ることはこれが最後になる。



 あの日から約2カ月の日はあっという間にすぎた。

 日本に帰る俺を空港まで送ってくれた朝。必死に涙をこらえながら、最後まで泣き崩れずに笑顔でいてくれた由実。

「日にちが決まったら早めに教えてくれな?」

「うん。本当なら、このまま行っちゃいたい……」

「きちんと整理しておいで。それからだって遅くはないんだから」

 名残惜しそうに、俺の胸に顔を埋めていつまでも離れようとしなかった。

「由実、帰ってきたら、またデートしような」

「うん、いっぱいする。祐樹君、お願いがあるの」

「なにがしたい?」

「えっとね、帰ったら、結婚式場とか見に行きたいな」

「気が早いなぁ。いいぞ、一緒に見に行こうな」

 恥ずかしそうに顔を赤らめて、それから嬉しそうに頷いた由実の髪の毛を撫でてやった。

「慌てなくていいから。待ってる」

「うん、8月中には戻れると思うよ」

 アナウンスが流れて、セキュリティゲートの前で、最後に彼女を抱き寄せる。

「行ってきます……ってのも変だよな?」
 
「うーん、じゃぁ、先に行って待ってて?」

「わかった。待ってるな」

 成田で彼女を見送った時と同じ、キスで挨拶を交わしてゲートをくぐった。






 到着ロビーの電光掲示板に、便名が表示される。いつも彼女が使う便は同じだったから、言われなくても頭の中に入っている。

 前回は、顔を整えるために時間を置いてきたというけれど、今回はそんな必要もないはずだ。


 果たして、彼女はカートを大股で押して出てくると、俺な姿を見つけるなり荷物をそこに置いたまま走って飛びついてきた。

「ただいま……でいいよね?」

「もちろん。おかえり」

 放置されていたカートに戻ると、そこにはスーツケースが2つだけだった。

「他は送ってきたの?」

 結局、由実からは荷物が先に送られて来ることがなかったので心配でもあったのだけど。

「ううん。これでおしまい」

「えっ?」

「みんな処分して来ちゃった。ガレージセールで残ったものも、愛ちゃんたちが引き取ってくれたし」

 全ての家具も引き払い、最後の日には金井の家に泊めてもらい、空港まで送って貰ったそうだ。



「しみじみしちゃうか?」

 成田からの道を走りながら、じっと外を見ている由実。

「なんだろうね。辛いこともいっぱいあったはずだし、一時は死にかけたはずなのに。今は楽しかったなって……」

「俺もそうだ。当時のことは正直楽しみよりも大変だったことの方が多かったはず。でも、楽しかったことをよく思い出すよ」

 今日はスタートラインにようやく立てたという位置付けだ。

 これからの同棲生活はお互いの両親も結婚までの準備と理解したらしく、反対されることもなかった。

 いざ動き出せばそんなものなのかもしれない。それに、俺たちはここからが再出発点なのだから。

 当時途切れた時間の埋め合わせから始めなければならない。

 部屋に帰ってきて、扉を開ける。

「祐樹君……、先に入ってくれる?」

 彼女の荷物を先に中に入れる。

「由実?」

「……これから、お世話になります。ずっと隣にいさせてください……」

 ドアの外で頭を下げた由実を両腕で抱きしめる。

「もう、放さないからな」

「うん」

 食事のあとで彼女の最後の荷物を広げると、本当に必要最低限だった。

「私ね、ここから新しく生まれ変わるんだって。祐樹君て最高のパートナーに迎えてもらえたから。だから、荷物もこれで終わりなの。愛ちゃんも金井君の所には同じだったって」

 そんな中に、見覚えのあるクリアケースが入っていた。

「もう要らないんじゃないのか?」

 書いた本人は覚えていないが、きっと今読み返せば、顔から火が吹き出すほど恥ずかしいことも書いてあるだろう。

「これは私のお守り。ダメだよ勝手に処分したら?」

 冗談か本気か分からないけれど、自分の棺桶に入れて欲しいと言うほど。

 やはり環境の激変や興奮もあって、眠れていなかったのだろう。

 半年前に見た、疲れ果て脅えていたような夜とは違い、安心して嬉しそうな寝顔。

 もうこの姿が見えなくなる場所に引き離されることはない。

 この姿を守ることが、これからの俺の仕事だと心に誓った。