金曜日、この日は俺がこちらに来てから初めての雨の日となった。

 午前中には休暇を取らせてもらった会社の同僚へのお土産の買い出しや、由実の勤めている会社にも行った。

 ゲストカードの発行手続きをして、彼女の上司にも挨拶をさせてもらった。

「有能な社員だけど、今後は彼女の人生を大事にしてあげてほしい」

 突然の騒ぎになって恐縮だったのに、逆に激励されてしまったほどだ。

 会社のカフェテリアで昼食を食べて、午後はこの1週間世話になったお礼にと、彼女の部屋の片づけを手伝うことにした。

「なんか、本当にあっという間だったな」

「うん、楽しい時間って、すぐ過ぎちゃうよね」

 クローゼットの中に入っていた小物類なども整理していく。

 以前の写真を見せてもらうと、本来はもっと女の子らしい雑貨などがあふれていたようだ。

 仕事の服と普段着を残して、すっきりしてしまったクローゼットの前に座る。

「なんか、終わっちゃったなぁ。でも祐樹君と一緒だったから楽しかったぁ」

「由実の荷物、俺の部屋に送ってもらっていいんだぜ?」

 実際に、今朝一番で由実がこちらで使っているシャンプーなどの日用品や、俺も日本でなかなか入手が難しい雑貨などを先に発送してしまった。

「いいの。私もちゃんと過去を清算しなくちゃ」

 きっとその時は形の有無に関わらず大事なものも処分するに違いない。

 自分も経験者だ。断捨離には確固たる決断力と、後には戻らないという勇気が必要となる。

「でもね、最後まで捨てられないものがあったんだよ。……でも、それでよかった」

 机の引き出しから、薄いクリアケースが出てくる。

「これが、私の宝物だから」

 胸の前で抱きしめるケースの中身、よく見るとそれらは見覚えがあった。

「他の物は片づけられた。これだけは私のお守り……」

「お守りって言ったって、俺の手紙じゃん」

 そう。由実と離れて暮らすようになり、過去に頻繁に交換していた手紙と、当時のメールをプリントアウトした用紙。彼女はそれを丁寧に保管していてくれた。

「祐樹君が私のカードを受験に持って行ったって。それと同じ」

 当時は今みたいに手元のスマホで手軽に交信できる時代ではなかった。少なくとも家に1台のパソコンの前に座る必要があっただろう。

 もっとアナログ的なら、相手のために便せんやカードを選び、時間を見つけてメッセージを書いて、郵便局までエアメールを出しに行かなくてはならない。

 本当に気持ちを送りたい相手だから出来る。

 文房具コーナーで今度はどんなカードを送ろうか、こんなことを大切に思う俺たちは、今の時代としてはもう感覚が古いのかもしれないけれど。

「これがあったから、私は乗り越えられた。落ち込んだときに読み返したよ。祐樹君の気持ち、今ならすぐに分かっちゃう。でもね、女の子は好きって直接言ってもらうことを夢みちゃうから、私も意地悪だったね。ごめんね」

 キスをしてくる由実を抱きしめる。

「もう、済んだ話だ。俺もちゃんと由実に言っていかなかったのが悪かったんだし」

 座りながら背中に手を回した状態で、由実は俺に体重をかけてくる。結果的に、彼女を上に抱き抱えたまま床に倒れ込む。

「由実……」

「今夜が最後になっちゃう……。祐樹君と離れたくないよ……」

 次に会えるのは、由実が帰国した時になってしまう。片付けながら聞いた予定では、8月の末頃を予定しているとのこと。会社や家の契約状況で変動する可能性はあると言っていた。

「大丈夫。俺は今回帰ったら由実と一緒に暮らす準備を進めておく。最後の頑張りだ」

「うん、分かってる。ダメだね私。祐樹君と一緒にいることに慣れちゃって、弱虫になっちゃってる」

 仕方ない。この1週間は俺たち二人にとっての人生のターニングポイントになった。

 本当なら、もっと時間をかけて進めるものなのかもしれない。

 でも、今やそれはナンセンスなんだと思う。