「これ、練習じゃあんまり迫力なくてさぁ。本番アドリブ一発勝負で、みんなステージ裏で大笑いしてたんだよな」

「愛ちゃん怒らせたら大変だって分かったよ」

「もぉやだぁ! 私の黒歴史なんだからねぇ……」

 あの親役二人の電話越しのやり取りを誰にやらせるか。A母のキャスティングはイメージがあったけれど、B母役は意外性のある方がいいというだけで誰に頼むかは決めていなかったという。

「あの時は楽しかったなぁ」

 本番で一番の見所を持って行った愛に、俺たちは笑い、同時に彼女を見直した。

 アイドルのようにいつもニコニコしている、でもつかみ所が難しいキャラクターから、喜怒哀楽もあって、やることも本番までにキッチリと仕上げてくる芯の強いイメージに変わった。

「知ってるか? 波江ファミリーは一番見映えがいいところ持って行ったって言われたんだからな」

 それは俺も知らない。そもそもこの台本の本番用が出来上がったときには、配役まで書かれていたのだから。

「頼むから、将来この二人でそんなバトルしないでくれよ?」

 由実も愛も結婚して、そのうちに母親となっていくだろう。『本物』であの勝負を見ることはしたくない。

「さぁどうかなぁ、受験の時期になったらわからないよ?」

 二人の笑顔に、颯と俺は顔をひきつらせることしかできなかった。




 愛が準備していた料理を由実が手伝い、男二人は会場セッティングという分担。

 やはり同級生だったということは特別なんだと実感した。あの少ないメンバーだったからこその阿吽(あうん)の呼吸は健在だ。

 食事をしながら、やはり話題は今後のことに集中した。

「……じゃぁ、由実ちゃんはお仕事やめて帰るって感じ?」

「その予定かな。だから、祐樹君に私のこと貰ってくれるって言ってもらえなかったら、路頭に迷うところだったよ。今はメールで履歴書送ったり、オンラインで面接もできるからね」

「でも、すげぇ自信だよな。波江が絶対にアタックするって疑わなかったってことじゃん?」

「ずっと、迎えに行くって言ってたしなぁ」

「やっぱり、波江君は当たりだったねぇ。由実ちゃんいいなぁ。初恋成就でしょぉ?」

 やはり、偶然に連絡が再開されたとしても、そこから人生のパートナーになるまでのストーリーは、そうそう数ある話ではない。



「じゃぁ、佐藤の部屋の片付け、俺たちで手伝ってやるよ」

 颯と愛の提案に由実も頷く。

「実はね、けっこう物は処分しちゃったんだ。祐樹君が来るまでに整理しようって。だから部屋の中すっきりしてたでしょ?」

 そうだった。初めて由実の部屋に入れてもらった時の、何となくの違和感。

 女性でずっとこちらで暮らしているのだし、同居などを考えなくていい一人部屋にしては調度品がほとんどなかったこと。

 生活に必要な家具や家電品はあったとしても、最初はウィークリーマンションかと思ってしまいそうなシンプルさだったから。

「それで、あんなに物がなかったのか」

「うん、会社の人にあげたり、いろいろね。でもまだクローゼットの中はいっぱいだよ」

 明日はこちらで過ごす最後の日になる。

 多くのスケジュールは入れず、荷物の整理や土産物の買い出し程度でゆっくり過ごすつもりだ。

「日本に帰っても、ずっと連絡取ろうね」

「二人とも、当然また遊びに来てくれるんでしょ?」

 その夜、過去と未来の話題が入り混じった『同窓会』はいつまでも続いた。