颯の「順番狂っただろ」の突っ込みに「やっちゃった」と舌を出した愛が気を取り直して続ける。

「今さらの話だし由実ちゃんと婚約しているから言っちゃうけど、私も昔は波江君いいなぁって思ってたんだよ?」

「えー、じゃぁ取り合いだったの? そうだねぇ、祐樹君と金井君は私たちに優しかったもんなぁ」

「でもね、由実ちゃんの落ち込み見ちゃったら、とても住所教えてとか言い出せなくて。あれには負けちゃったぁ」

 愛は、あのクラスの中でも背丈は普通にありながら、同年代で一番幼く見える容姿に加え、今でならアニメ声とも言われるような特徴的な声の持ち主で、男子陣の評判は二つに割れた。女子からもぶりっ子と見られてしまった時期もあり、振る舞いに悩んでいたという。

 そんな中でも、由実だけは彼女にいつも変わらず話しかけてくれていたそうだ。

「じゃぁ、中2のあの劇のキャスティングは最高だったろ?」

 颯が当時の写真を持ってきてくれた。二人とも大きく首を縦に振る。

「うんうん、もう絶対に他の人には譲らないって張り切っちゃった」

「私は愛ちゃんいいなぁって思ってたけど、同じ班だからいいかぁって」

「あの時の細田は傑作だったなぁ」

 その認識は四人とも共通だったようで、みんなで笑う。

「もぉ、あれから大変だったんだから。親にまで愛が変わったって笑われたんだよ?」

「それだけ衝撃的だったってこと。あれからみんなの見方が変わったもんな」

 劇中とはいえ、これまでの彼女のイメージを完全に打ち砕いた啖呵勝負。

「まだセリフ覚えてるか?」

「さすがに台本は処分しちゃったよ」

「それがあるんだなぁ……」

 颯はしばらく席を外すと、コピー紙をホッチキス留めした冊子を持ってきた。表紙には『日本の教育ママ』と書いてある。

「うわ……。どれだけ物持ちいいんだよ」

「あの年にやりたい放題やってさ。波江は知らないだろうけど、翌年から校長が代わって、学芸会が学習発表会になって、面白いことやれなくなったんだよな」

「うんうん。この年の最後、高3の『カステラ』ってタイトルで何やるかって不思議だったら、あれだもんねぇ」

「30秒で1日分の笑い全部持って行ったよな」

 まさか、全身白の衣装に着替えた生徒たちがパーティションの裏から出てきて、有名なカステラCMの人形ダンスを披露するなど聞いたこともない。プログラムの最後で、しかも前代未聞のアンコールまで起き、もう一度ノリノリで再演されたことも思い出せる。

 今思い出せば、そんな楽しい時間を過ごしていた中2時代だったんだ。

 冊子を開いてみると、昔の記憶が鮮やかに蘇ってくる。

A母『……今日返されたテストの点数をご存知?』

B母『ええ、うちの子は99点でしたわ。惜しいミスでしたけどうちは気にしません』

A母『あらぁ、99点! うちの子は100点でしたわよ。1点の差は大きいですわよねえホント!』

B母『テストの点数だけで全てが決まるものでないでしょう!? いつもお宅からの連絡はそんな話題ばっかり!』

A母『その1点の差がお子さんだけじゃなく、ご主人の出世にも表れているんじゃなくって?』

B母『テストと家族になんの関係があるっていうの!? 本当に性格の悪さは昔から変わらないわね!』

A母『はっきり言って、お宅はうちの子の相手にはならないってことですわ。ま、最初から分かってましたけど!』

B母『黙って聞いていれば、よくもまぁそこまでしゃあしゃあと。いい加減にしなさいよ!!』

A母『あらぁ、事実を言っただけですわぁ~』

B母『本当に昔から人を怒らせること《《だけ》》は天才的ね!!』

B父『母さん、みっともない。そんな事で喧嘩しても疲れるだけだ……』

B母『あなたは黙ってて!! もう我慢できない! 隣に行ってくる!』

B父『バカ言うな。落ち着け! 飛んで火に入る何とかだぞ!』


「なにこれ、まだ名前とか間の動きの指示が入ってないじゃない」

「だってまだ役決めとかしてない下書きだもんよ」

 真っ赤になっている愛と、どうやって颯はどうやって手に入れたのやら。

 もう時効だろうが、恐らくあの原作は彼が書いたセリフに行間を入れたものだったのだろう。