木曜日の夕方、俺たちは由実の運転で金井の家に向かっていた。

 昨日の夜遅く彼女の部屋に帰ってきた。

 フロリダからの帰り道、途中のアトランタで日本食料品のお店や、ファーマーズマーケットで買い込みをした。行きに由実がドリンクなどを冷やしていた、大型のクーラーボックスがこういう時に威力を発揮する。

 帰国を視野に入れている彼女に言わせれば、今回が最後の訪問ということらしい。

 これまで生活を支えてくれた場所への挨拶も兼ねているようだった。

 今朝からは、二人でその食材やら旅行中の洗濯物を片づけ、一緒に1200マイルを走り抜けてくれた彼女の愛車を丁寧に洗車したりと、手分けで家事をしているうちに過ぎてしまった。

 もちろん、お互い正式な婚約者という立場で、思い出話だけでないコミュニケーションを途中で挟みながらだから、黙々ということではなかったけれど。

 夕方になって、お菓子や飲み物を後部座席に積み込んで、メモを見ながら車を進めていく。

「あ、ここだな」

 こちらは一戸建ての住宅だった。再開発地域らしく、まだ周囲の家も新しいものが目立つ。

 庭に車を停めて、扉をノックする。

「おう、上がって」

 家の中から、金井が顔を出した。

「あれ、金井君てアパートだったよね?」

 由実は不思議そうな顔をしていた。

「再開発で立ち退き対象になっちゃってさ。それと……」

「いらっしゃいませぇ……」

 颯が言い終わらないうちに、この家のもう一人の住人が顔を出した。

「え……、細田?」

(あい)ちゃん!?」

 そう、この声には二人とも聞き覚えがある。大人になって少し落ち着いた口調になったとしても。

「本当だ。由実ちゃんに波江君だよ。もぉ、話してくれないんだから」

 細田愛は颯を軽く睨んだが、あまり怖そうでないのも昔から変わらない。

 細田愛、彼女はやはり中学1年の夏に転入してきたメンバーだ。自分が知るあのクラスの中の女子としては一番遅い合流だった。

「少しぐらいサプライズあってもいいだろう?」

 颯は悪びれた様子もなく、中のリビングに通した。

「んーと、何から話せばいいんだ?」

 本当にそんなところだ。話が長くなることを予想してか、テーブルの上にはお菓子が山積みにされている。

「じゃぁ、私から。波江君!?」

 愛が最初に切り出して、俺に顔を向けた。

「はい?」

「もぉ、由実ちゃんのこと、今度こそ離しちゃダメだからね」

 隣を見ると、由実が顔を赤くしていた。

「愛ちゃん……」

「だって、波江君の帰ったあとの由実ちゃん、見ていられなかったんだからね。みんなでどうなるかヒヤヒヤしてたんだから」

「そんなに私酷かった?」

「だからみんな言ってたの。波江君、由実ちゃんにプロポーズしていかなかったって」

「おいおい……。まぁな……」

 分かっていた。彼女への告白をしなかったことで、俺たちの失われた10年が生まれてしまったのだから。

「仕方なかったんだよ。私も祐樹君もそれは分かってた。私もまだ子供だったし」

「でも……」

 愛は由実の左手を両手で包んだ。

「でもよかったね。もう泣かなくていいんだね」

 左手の薬指にはめている指輪。彼女は眠るとき以外、それを外そうとしなかった。

「うん、もう大丈夫。来月末には帰国して、準備しようかなって思ってるよ」

「いいなぁ、ねぇ颯君、私もやっぱりエンゲージリング欲しいなぁ」

 この一言で、今度は自分たちに話題が降りかかってくる。

「ちょっと待って、エンゲージって、二人とも? 金井君、そんなの聞いてないよ?」

 由実は颯と連絡が取れる状態にありながら、それを知らないとは、どんな展開があったのか。

 颯は苦笑して愛を小突くと、

「しゃーない。どのみち今日言うことにしていたんだけど。細田と俺は今年中を目処に結婚する」

「えーっ!」

 これこそ爆弾発言だ。だから、このような戸建ての家に住んでいたのか。

「でも、細田って、まだビザ取ってないんじゃ」

「お仕事で、行ったり来たりだから、3ヶ月の期間で一度帰ったりの繰り返し」

「愛ちゃん凄いなぁ。キャリアウーマンだね」

「でも、もう疲れちゃった……。それで、気休めってあの補習校に行ったの。そこで颯君に会ってね」

「結局、みんなあそこに戻ってくるんだな」

 その後、事情を聞いた颯と愛が急接近。今年の春に婚約に至ったというんだ。