この部屋には俺たち二人しかいないけれど、由実は周囲をちらっと見回して声のトーンを下げた。

「ちょっと恥ずかしい話題だけど。中学とか高校の頃って、いっぱい変なことも覚えるでしょ?」

「あぁ、そうだよな。今となれば自然な話だけど」

「私、寂しくなって、一人で慰めてた。祐樹君に勝手に抱かれることを想像したりして」

 僅かな明かりでも分かるくらい、顔が真っ赤になっている。

 なんてことを話しているんだという罪悪感と、二人だけでしか分からない気持ちの共有の達成感。

「俺も、いつも最後は由実の妄想だったよ」

「ずいぶん遠回りしたけど、諦めなくてよかった」



 由実は話してくれた。彼女も俺をずっと捜していたこと。

 ただし、俺に相手がいた場合は諦めるはずだったこと。

「そんなバカだなぁって自分でも思っていたのに……。祐樹君に会って、となりが空いてるって分かってから、絶対に誰にも渡したくないって」

「俺も……。湯西川で抱いたときに、絶対に誰にもやるもんかって。同じだな、俺たち」

「うん、だから、私頑張ってくる。祐樹君にお似合いの彼女になれるように、もう少し頑張ってくる」

 本音を言えば、この由実にこれ以上頑張って身体を酷使して欲しくなかった。

「由実……」

「その代わり、お願いがあるよ」

「なに?」

「……、頑張ってこれるように、心の充電させて?」

 由実は枕元の最後の明かりを落とした。

「本当に、いいのか?」

「うん、でも……」

「でも?」

「最後までは、私たちがきちんと認められるようになるまで、もうちょっとだけ我慢しよう?」

「そうだな。まったく俺には欲がないのかな……。それで変に誤解されても……」

「ううん。それは私が分かっているから大丈夫。結果的に私のことも守ってくれていんだもん」

 彼女が嘘を付かないというのは分かっている。これはもう俺たちの間でしか分からないあうんの呼吸だ。

「私、必ず治してみせるから。その時は思い切りお願いね」

 由実が俺の手を自分のバスローブの中に招き入れる。

 服の上からの時よりも、まだ骨張った感触が生々しく伝わってしまう。

「気持ち悪くてごめんなさい。でもね、祐樹君に会ってから、食欲が戻ってきてるんだよ。体重もちょっとずつだけど戻ってるんだ。祐樹君のおかげなのは間違いないから」

 もう3日前だ。浴衣の上からだったけれど。由実を抱いたときは、あまりの激やせぶりに愕然とした。あの時よりは確かに戻り始めている。

 一緒にいて気がついている。少しずつ食べる量も増やして、由実も頑張っている。

 そんな、まだリハビリを始めたばかりの体に負担はかけられないけれど、由実の気持ちには応えたいし、俺の中でも冷静さの限界に来ている。

「祐樹君……」

 目を閉じて、俺に身体を預けてくる。

 自然と抱え込んだ手が由実の髪に触れた。ここはあの当時と変わらない。艶のある真っ直ぐな黒髪を肩口まで下ろしている。

 俺が当時、現地校に通っていた頃の同級生には、本当に写真に出てくるようなブロンド、赤毛などいろんな髪色がいたし、その中には黒髪も当然あった。

 そんな環境の中で、由実たちのように、サラサラのストレートで光沢のあるものは逆に少なく、それがチャームポイントになるくらいだ。これはそれまで日本人の同級生に囲まれていた当時では気づいていなかった。

 それまであまり意識のなかった俺でさえ、由実のファーストインプレッションは髪の綺麗な子だったからだ。

「そんなに、私の頭撫でていたいの?」

「うん。あの頃からずっとな。女子同士じゃないから、まさか触らせてとも言えないじゃん」

「なんか、逆に落ち着いちゃう。もっとされていたい」

 そう。あの当時に公表していれば違っただろうけど、年代的にも難しい事だったし。もしできていたとしてもこのようなスキンシップはできなかったと思うから。