由実は、ふと自分が座っている布団に視線を落とした。

「じゃぁ、このお布団も?」

 俺は首を横に振った。

「一時はそんな予定もあったけど、結局一度も使うことがなくて新品のまま。使ったのは佐藤が初めてだ。だから昨日の夜に値段タグ付いてたのを切っただろ?」

「うんうん。付いてた!」

 もし、その女性がらみで使っていたのなら、由実とていい気分はしないだろうし。過去を断ち切ろうとした俺自身も今の部屋に持ってくる気にはならなかっただろう。

「ひとりに戻るって決めたとき、いろんな物を処分したんだよ」

 実際に、一人暮らしを始めた当初にその女性の家から分けてもらった「当面用」の使用済みの食器や雑貨は、こちらに引っ越すときに処分してきていた。

「家電品を除けば、この家には俺が自分で気に入って少しずつ集めたものだけしか持ってこなかった。食器は誤解させちゃって悪かったな」

 絵柄の入った食器類は自分の趣味として少しずつ買い集めてきたものだから。

「そうだったんだね。疑ってごめんね。女の子が持っていても不思議じゃないデザインだったから、もしかして引きずってるのかなって……」

「仕方ないよ。もしそうだったとしても、俺たちが誰かと過去に交際していたって、不思議じゃない歳になってるんだからさ」

 もう中学生ではないのだ。自由に恋愛も、結婚だって自分たちの意志で出来る歳になっているのだから。

「佐藤の方はどうなの? 俺んちなんかにいて、怒ったりする奴はいないのか?」

 翌日は俺も仕事だし、由実も病院に行くという。

 昨日と同じく、並べた布団に入ったあと、彼女はぽつりぽつりと話し始めてくれた。

「私ね、残るって決めたけれど、そこからはあんまり面白くない時間だった気がする。こんな私だけど、一時はボーイフレンドもできたし、その時はこのまま国際結婚しちゃってもいいかなって思ったりもした。でもね、やっぱり私は日本人なんだよ。小さい頃から住んでいたみんなみたいに、英語の方が日本語より楽って感覚には最後までならなかったんだ……。それは今も変わらないね……」

「佐藤……」

「波江君が高校受験を帰国して受けるって話してくれたときに、理系を英語で続けるのはハンデが大きすぎるって話してくれたよね。ハイスクールに入ってから、その言葉が正しかったって思うよ。私は残ることを決めたけれど、どれだけ時間が経っても私は日本人なんだって感じることが多くなった」

 その気持ちは経験した側でないと分からないと思う。俺も青春期のど真ん中を国外で過ごしている。しかし、そんな環境であっても、気になる子はみな日本人の女の子だった。

 当時は変なプライドが邪魔をして言えなかったけれど、その筆頭に由実がいたのは間違いなかった。

「だからね、今はお仕事も見つけられたけれど、そろそろ潮時かなって思い始めていたんだ。そこに波江君が声をかけてくれたんだよ」

 偶然の再会が、俺たちの人生を変えるかもしれない。

 少なくとも由実はこの一時帰国をターニングポイントにしたいと考えているようだった。