泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


「私だから、好きなの⋯?」

その質問こそ丸い迷路を延々と回っている様なものだ。

だけど拓海は執拗いだなんて言わずに「そうだよ」と頷いた。


「佳乃だから好き。佳乃の全部が好きって言ったら在り来りで胡散臭く聞こえるかもしれないけど、佳乃だったら何でもいい」

「何でも⋯?」

「それが佳乃だったら後はどんな事も俺にとっては取るに足らない事だよ」

「⋯記憶を失ってしまう私でも?」

「記憶がなくてもそれは佳乃である事に変わりないじゃん」

「本当に取るに足らない事だって言えるの?」


少しムキになって語尾を強める私に拓海は僅かに瞳を揺らして言葉を飲み込む。

どれだけ想い合っていても拓海が私を好きだと言ってくれても記憶をなくす彼女なんて本当は荷が重いと思っているんじゃないか。

拓海は優しいから言わないだけでもう、本当は私から逃げたいと思っているんじゃないかって、不安で堪らない。

過ごした時間が増えていく度に、好きの想いが強くなっていく度に、忘れてしまう思い出が増えていく度に────怖くなる。


「言えるよ」


俯きかけた私に拓海の芯のある声が届いた。


「記憶がなくてもそれが佳乃だったらいい」

「っ」

「俺が好きになった佳乃だったらそれでいいんだよ」


そう言って私を引き寄せて抱きしめた拓海に「本当に?」と言いたくなって、だけど拓海の言葉を嘘だとは思いたくなくて口を閉ざす。

きっと拓海だって不安な事はあるはずで、怖いのだってお互い様で。だけどそれでも私がいいと言ってくれる。

他の誰でもなく、記憶を失ってしまう私がいいと抱きしめてくれる。


本当に理由なんてないのかもしれない。

私を好きな理由なんてなくて、ただ私が好きなだけだという拓海の言葉はやっぱり質問の答えになっていないように思うけど、その言葉の意味がよく分かる気がした。

私も、拓海を好きな理由なんて言葉にして言えないから。

記憶がなくても拓海を好きだと思った。

誰かを愛する理由なんて言葉にする必要なんてなくて、ただ愛しているという気持ちだけを言葉にすればそれだけでいい気がする。

それだけで充分、愛情は伝わるのだと拓海の胸の中で思ったんだ。