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 春高予選が終わり、数日が経ったある日の放課後、犬崎高等学校の校内に放送が響き渡った。

「三年A組姫川莉愛さん、至急職員室まで来て下さい」

 ホームルームが終わり、帰る準備をしていた莉愛は、自分の名前が呼ばれ困惑した。

 そんな莉愛に、理花と美奈が声を掛ける。

「莉愛何かやったの?」

「早く職員室に行った方が良いよ」

 莉愛は二人に促され、職員室に急いだ。職員室に着くと、莉愛に気づいた担任の山田先生が片手を上げ莉愛を呼ぶ。

「ああ、姫川こっちだ。狼栄大学高等学校の金井コーチから電話だ」

「えっ……私にですか?」

「とりあえず、話をしてみてくれ」

「はい……」

 山田先生から受話器を渡され、それを耳に当てる。

「お待たせしました。姫川です。金井コーチこんにちは」

 莉愛が簡単な挨拶を済ませると、電話口から金井コーチの困った様な、すまなそうな声が聞こえてきた。

「ああ……姫川さん、呼び出してすまないね。元気だったかい?」

「あっ……はい。元気ですけど……その……どうかされたんですか?」

「その……それが……」

 何か言いにくいことでもあるのか、言い淀む金井コーチが、一瞬だけ間を開けると、意を決したように話し出した。

「姫川さん申し訳ないのだが、狼栄大学高等学校の方へ来てくれないか?」

「えっ……どういうことですか?」

「その……大地がまずい状態なんだ」

「大地が?何かあったんですか?怪我とか?」

 怪我なら一大事だと焦る莉愛だったが、金井コーチは怪我では無いんだよと苦笑した。

 それなら一体どうしたというのだろうか?

 莉愛が受話器を持ったまま首を傾げていると、金井コーチが話を続けた。

「群馬県予選が終わり、春高に向けて練習にも皆、気合いを入れていたんだ。そんな時、突然大地が調子を崩したんだ。その……スランプというやつだな。何をやらせても上手くいかない状態に、本人も焦っているようで、こんなことは初めてでな。一度休んではどうかと話したんだが、大地は時間が無い、もったいないと、毎日練習に出ているんだよ」

 大地が、スランプ……。

「それで、姫川さんには申し訳ないのだが、狼栄の方に来てもらって、マネージャーをしてもらいたいんだ。犬崎の先生方には話はしてあるから」

 うわー。

 先生に話は通してあるんだ。

 これはもう逃げられない。

 金井コーチ外堀を埋めてきたな。

 そう思いながらも、大地のためならと、金井コーチに返事をした。

「分かりました。とりあえず、狼栄の方へ行きますね」

「ありがとう。姫川さんすまない」



 *



 莉愛は急ぎ狼栄大学高等学校へと向かい、体育館の扉前までやって来ると、金井コーチが申し訳なさそうに眉を寄せながら立っていた。

「姫川さん待っていたよ」

「それで大地の様子はどんな感じなんですか?」

「それは見てもらった方が、早いと思うんだ」

 莉愛は体育館の扉を少し開け、大地の様子を確認した。


 すると……。


 全くといって威力の無いスパイクを打つ大地の姿があった。

「金井コーチ、大地はいつからあんな感じなんですか?」

「春高予選から帰って来て、数日は特に変わりはなかったんだ。しかし、何があったのか急にスランプ状態に入ってしまい。色々試しては見たのだが、変化は見られ無かった」

「そうですか……スパイクの他はどうなんです?」

「ああ、レシーブは問題なく上げることが出来ているが、サーブはダメだな」

 スパイクと、サーブだけがダメってことね。

 きっと何か原因があると思うんだけど……。

「大地自身もこんなことは初めてで、どうしたらよいのかと焦ってばかりで、体を酷使し続けているんだ。このままでは体を壊しかねない。そこで、姫川さんにストッパーになってもらいたくて来てもっらたんだ」

「そうだったんですね。でも……私でお役に立てるか……」

「大地は姫川さんの言うことは聞くだろうから、無理をし過ぎているときは言ってやってほしい。きみにしか頼めない。よろしく頼む」

 頭を下げようとする金井コーチを止め、莉愛は決意を固めた。  

「分かりました。頑張ります」