そしてミルティアを確信したのがこの噂だ。

【噂その3】
 出現率が伝説級の狒々(ひひ)と呼ばれる魔獣がいる。

 そいつはオーガのような風貌で、黒い毛に覆われていて上も横もデカくて人の2倍はある。
知能が高い上に敵対する者の心が読めるらしく、攻撃がなかなかヒットしない。

 その上風雲を起こしてそこら辺一帯に大雪を起こしたり、その中を飛び回っては人を投げたり引き裂くほどの馬鹿力だ。
時には人を襲って食べたりもする。

 だが何よりの悪癖は女子供を連れ去る事だ。
連れ去られた者の末路は定かではない。

 そいつがどこぞの国の王女、それも美姫と名高い王女を拐った。

 そこでかの国はS級冒険者であり、死の森を浄化したと誉れ高い鮮血の魔女にギルド本部を介して名指しで依頼した。

 その数時間後、鮮血の魔女は国王の前に忽然と現れる。
呆然自失の王女と狒々の生首をそれぞれ脇に抱えて。

 その姿は正に鮮血の魔女らしい出で立ちで、全身を朱に染めていたとか。
それも()()()()

 その後ショックを受けた王女は毎晩何かに怯えて過ごし、狒々ではなく魔女の呪いにかかったのではと当時はもっぱらの噂だった。

 ところが泣き濡れて憂いる王女は大層麗しく、その儚さも相まって噂は更にあらゆる憶測を孕み、どこぞの見目麗しい王子達が隊列を組んで求婚した。

 呪った云々の噂は間違いなく単なる噂だ。
ミルティアだったら呪うなんて面倒な真似はせずに手っ取り早く物理的に殺す。

 だが求婚に関しては本当で、数年前に王女は笑顔を取り戻してどこぞの国の王妃となった。

 その結婚パレードの際、白竜が祝うかのように白金のキラキラした光を振り撒いたとか、撒いてないとか。
その背中に人がいたとか、いないとか。

 これは絶対ミルティアだと直感した。
勿論すでにミルティアがS級冒険者なのは彼女が両親に宛てたあの手紙で知っている。

 あの裏切りの直後に俺の後見となってくれた事で王女の奪還依頼が本当だった事もギルドに確認できた。
鮮血の魔女であるミルティアが赤竜をテイムしているのも然り。

 そしてあの時の会話だ。
俺が死の森で何をしているのか聞いた時。

『それで、結局お前は何をやっている?』
『うーん、そう、ねえ・・・・魔竜様の下僕?』
『冗談は・・・・』
『あら、冗談じゃないわよ?
だって私、昔から可愛い小動物が大好きだもの』

 ミルティアが浄化した死の森に魔竜はいなかった。
魔竜についてミルティアはギルドに()()()()()()()()()()()と報告しているらしい。

 殺したとか、討伐したとは報告していないし、あの時彼女は魔竜にぞっこんだった。

 だがギルドに嘘の報告をしたとも思えない。
だとしたら間違いなく魔竜は浄化されたんだろう。
肝心なのは浄化された魔竜が何の竜だったのか、だ。

 そこで魔竜について調べた。
意外にもその答えはすぐに見つかった。
ミルティアの実母であり、俺の義母によって。

 何の気なしに魔竜は最初から魔竜だったんだろうかと口にした時だ。
ミルティアを捜索している間も俺は定期的に実家となった辺境に帰っている。

 この時男達は出払っていて、俺と義母だけだった。

「あら、魔竜は元々は聖竜だったのよ。
真っ白い竜だったらしいわ。
そういえば手紙にはそこまでは書いてなかったわね」
「え?!」
「私達夫婦のご先祖様も含めてここら辺の領民が大昔小国の孤児院出身って言ってあったでしょ?」
「あ、ああ、それは聞いたけど・・・・」
「小国が滅びる前に聖竜によって隣国の辺境に孤児院ごと転移させられたのよ。
それが、ここ」

 義母が人差し指を下に向けてここ、と指差す。

「元々この国に近い場所にあったし、ここは当時まだ未開の土地だったから都合が良かったんでしょうね。
以来この土地を開拓して成り上がった孤児のリーダーが辺境領主になったのよ」
「聖竜は何故その孤児達を助けたんだ?」
「聖竜の愛した聖女がその孤児院出身で、よく聖女が聖竜と訪れていたらしいわ。
聖女が捕まった時も孤児院として冤罪を訴え続けたけれど、逆に迫害されそうになったらしくてね。
聖女にお願いされた聖竜が孤児院を守ってこの土地に導いていたから聖竜は聖女を助けられなかったみたい。
これは領主を引き継ぐ時に必ず伝えられる話なの。
多分ここの領民の子孫達にも人知れず伝えられていると思うわ」
「何故人知れず?」
「聖竜が隣国を一夜にして滅ぼして魔竜になっちゃったから、大々的にはね。
昔は特に孤児達への偏見や迫害も酷かったから。
でも決して忘れないように引き継いでいくくらい孤児達は皆聖女と聖竜を愛していたのよ。
そんな聖女が生まれ変わって私達の娘になるなんて、不思議なご縁よね」

 そう言ってくすくすと義母は笑っていたが、俺は固まった。

 だがこれでパレードに出現したらしい白竜の背にいたかもしれない人影や、赤白の竜使いはミルティアだと確信した。

 そしてそれから数年、彼女を探し続けたが見つけられない俺は賭けに出た。