『まだまだ子供のあなたが法律的に縁を切るのは難しいでしょうけど、つまらない縁故を生む前にせめて気持ちの上だけでも父親共々縁を切りなさいな。
関係改善なんて希望を抱いたって他人は変えられないわ。
特に貴族の世界は平民のそれより富と権力がある分よっぽど汚くてタガが外れやすいのだから、気を抜けば自分が殺されるわよ』

 幼かったミルティアに言われた言葉だ。
結局あの時城で異母兄は俺の元仲間達を買収したらしい。

 俺はあれだけ面倒をみてやったはずの仲間に裏切られていたと現実を受け止めたのは、全てが終わってからだったが。

 どうりで死の森に行く道すがらあの3人の戦闘中の失敗が更に増えたはずだ。
フォローしようとして俺は生傷が絶えなくなっていった。
恐らく何度も討伐の事故に見せかけて殺そうとしたんだろう。

 そして俺は愚かな事にわざとではないのかと、いつか大きく裏切られ、殺されるかもしれないとどこかで思っていたのに・・・・それに蓋をして気づかないふりをした。

 まさかと思いたかった。

 あの辺境領で過ごした時間で俺は再び誰かを信じる事ができた。
しかし今度は心を許した誰かに裏切られる事を恐怖するようになったんだ。

 そしてどう考えてもこのパーティーのランクに似合わない、魔竜の討伐の為に道すがらの傷も癒えないまま死の森に到着した。

 外から見ると瘴気の漂う不気味な森だったが、すぐに中には入れなかった。

 恐らく外へ漏れ出すのを恐れた何者かが森の周りに張っただろう結界に阻まれ、唯一入れそうな穴を見つけるまでに1週間ほどかかったからだ。
おかげでいくらかの休息が取れた事だけは傷だらけの体には有りがたかった。
あの3人はそんな俺の体を気遣う素振りをみせつつも、どこか残念そうだったが。

 中に一歩踏み出した俺達は外観との違いに驚いた。
瘴気が全く無かったのだ。
むしろ空気は澄んでいた。

 そうしていくらか呆然としながら森をさ迷い歩くうちに、半ば諦め、忘れかけていた冒険者としての目的と再会した。

 ミルティアだ。

 5年ぶりに再会した彼女は美しく成長していた。

『いや、何でお前がいる・・・・』

 だがうまく状況を処理しきれなかった俺は
そんな陳腐な言葉しか出てこなかった。

 いや、確かに何で死の森にと思うのは当然だと思うが。

 美しく成長はしていても中身は相変わらず意味がわからない思考回路だった。
三文芝居のような高笑いをしたり、パーティーの女性陣との何かを比べたり、話の途中でタイムと言ったりと自由だ。
けれどあの頃の、俺の人生で1番幸せだった頃のミルティアと変わらぬ様子が内心嬉しくて仕方なかった。

 だが・・・・ミルティアは魔竜の手先だと言って俺達を、いや、俺の仲間達を殺してしまった。

 彼女の魔力を混ぜた殺気に当てられ、剣を向けた俺が悪かったのは確かだろう。
殺すつもりも、その覚悟が無かったのもある。
彼女ならそんな剣は簡単に止めるとも考えていた。

 予想通りだったが力の差はあまりにも予想外だった。
会わなかった5年で彼女は俺とは比べられない程の人外の強さを身につけていた。

 今にしてみれば迷いのある月日を過ごした俺と結果が違うのは当然だろう。

 魔竜様の下僕だと言ってみたり、白いだけのはずの絹糸のような毛先が赤く染まっているのを見て、古竜をテイムした噂のS級冒険者はミルティアだと確信した。

 だから余計にまさかと思った。
殺気を向けられても、俺の知るミルティアは自分より力が格段に劣る者を、それも人を平気な顔で殺すなんて信じられなかった。

 魔獣ですらも無闇に殺そうとしなかったのを俺は知っている。
なのに何故殺した?!

 仲間だった奴らを殺された事よりも、自分の信じる少女が涼しい顔で人殺しをした事が受け入れられなかった。

 そしてあの頃と同じように辛辣な言葉で俺の心を抉る。

『彼らの裏切りにあなたは気づいていたのよね?
けれどそれはあなたが彼らを甘やかして強くなるチャンスを奪ったせい』 

 図星を刺されて思わず彼女と初めて会った時のように胸ぐらを掴んだ。

 それまで抑えてきた何かが弾けた気がした。

 けれどどこか冷静な自分がその通りだと肯定する。
パーティーを組んだばかりの時のあいつらは間違っても仲間を売るような、少なくとも騙し討ちしようとするような人間じゃなかったんだ。

『選ばれない事が怖くなったのよ』
『違う!』
『違わない。
だからあの時あなたの血縁者達と気持ちの上だけでも縁を切れと言ったの』

 ああ、知っている!
そうだ、その通りだ!
だがそれをお前が言うのか?!
最後に俺を捨てたのはお前じゃないか!
俺を選ぶのを止めたのはお前だ!!

 自分勝手な怒りに苛まれ、頭の中が、胸の内が激しい感情の波に支配されていく。

『どちらが・・・・良かったのかしらね?』

 だが、不意に発する弱々しい声に一瞬我に返り、名を呼んだ。
唯我独尊という言葉が似合う彼女から初めて聞く、自嘲するような、力のない凪いだ声に感情の波がひいていく。

 あいつの中で何が起こった?

 戸惑っていれば、柔らかな手で優しく頬を包まれ、口づけられた。
流れ込んでくる労るような癒しの魔力。

「誰も殺してなんていないわ。
さようなら、カイン」

 殺伐とした状況からの様変わりに絶句する俺の耳に優しく響く別れの言葉。

 そして初めて見るミルティアの泣き顔。

 次の瞬間景色が歪み、懐かしい辺境の邸にへたりこんでいた。