ハッと目を覚ます。

「····は?」

 気の抜けた声が思わず漏れた。

 薄暗くて埃っぽい空間。
どこかの会議室のような、長方形の長細い机と椅子が乱雑に置かれている。

 寝る前に着ていたのは部屋着だったはず。
だけど今は動きやすいシャツにズボン姿でお守りにしている、ママがお手製の組紐で作った飾りがズボンのベルトにぶら下がっている。

「ちょっと、何よここ?!」
「どこだよ、ここ?!」

 男女入り乱れて目覚めた人から騒がしくなる。
全員で13人。
下は10代から上は30代半ばくらいまで?

 あれ、これって····。

 夢の内容と現実がぐるぐると頭の中で交差する。

「シーカ?!」

 聞き慣れた声にまさかと振り向くと、そこにはかつての病を共に乗り越えた戦友であり、今では親友として付き合う金髪碧眼の背の高い整った顔のイギリス人男性。

 でもここだけの話、中身は乙女なのよ。

「ヨハン?!」

 見知った美男に安堵するも、状況が飲み込みきれないわ。

「シーカ、一応確認するけどここ、どこかわかる?
日本、かな?」
「うーん····ヨハン以外日本人みたいだし····あ、机と椅子のロゴが日本の会社よ」

 2人で近くの机と椅子を覗き込んで確認する。

「ホントだね。
でも何で····僕はイギリスの自宅のソファにいたはず····」
「私は日本の自宅のベッドだったわ」

 2人して状況が意味不明すぎて困惑しっぱなしだわ。

「ねぇ、あなた達はどこの国の人?
さっきから何語を話してるんだ?」

 見知らぬ少年がカタコトの英語で声をかけてきた。
ザ・日本人な外見で中学生くらいかしら。
ヨハンとはイギリス英語で話してたから興味を引いたみたい。

 と思っていると、ママの形見の組紐で作った飾りがホワリと温かくなった気がした。

「お姉さん?」
「····えっと、あ、私は日本人で彼はイギリス人よ。
私の目が青いのは父がフランス人の混じったクォーターだからなの」

 私は突然起きた不可解な現象に戸惑いながらもひとまず日本語で説明する。
少年····はそうなんですね、と言いながら別の人にも話しかけに行ってしまった。

「シーカ、どうしたの?
平気?」

 しばらく呆然としていたらヨハンが心配してくれたみたい。

「あ、うん····ねぇ、さっきの····男の子?」
「男の子がどうかしたの?
何か色んな人に話しかけまくってるけど」

 そうか、男の子か。
もちろんついさっきまではそう見えたんだけど····。

 なぜか今、私の目には数ヶ月前にヨハンに付き合ってもらって一緒に会ったあの男に見えるようになってしまったのだけれど····。

 ぶっちゃけ気持ち悪さしかないわ!

 全員の混乱が落ち着いたところで、自己紹介となった。

「川崎大河、中3です。
家で寝てたらどうしてかここにいました」

 まずはあの少年からだった。

「音無詩香、17才です。
家で寝てました」
「ヨハン=クライン、23才だよ。
ソファでうたた寝してたと思う」

 私達も後に続く。
もちろん私達も日本語で話すわ。
この後10人が続いたけど、共通点は眠ってた事くらいしかわからない。

 住んでる場所は東京、福井、愛知。
イギリスはヨハンだけ。
互いに見知った顔なのは私達2人だけで、他は皆顔も知らない全くの他人同士。
私と中3だと言うあの子以外は20代と30代の半々。
男女比も半々だった。

 やがてここがどこなのか確かめようと男性陣が話し始めたところで突然地響きが起こる。

 ギーンゴーンガーンゴーン····。

 次いで、随分錆び付いたような濁った音だけど、学校の鐘のような音が建物内、ううん、耳元で直接けたたましく鳴った。
全員が体をすくませ、耳に手をやってしまう。

「何だっていうんだ····」
「もう、何よ····」

 1番年上のスーツ姿の男性と、気の強そうな20代のゆる巻きヘアーの女性が呟く。

「ねぇ、何か聞こえませんか····」

 気弱そうな30代の女性が顔を引きつらせる。

 ····ズルッ····ビチャ····ズルッ····ビチャ····。

 水っぽい、何かを引きずるような音が暗闇に響く。

 ····ズルッ····ビチャ····ズルッ····ビチャ····。

 皆息を殺して耳をそばだてる。
音はこの部屋に近付いてきているわ。

 ····ビチャ。

 ドアの前で止まる。
誰かがゴクリと喉を鳴らす。

 ····ガタタ····カチャリ。

 ゆっくりと、本当にゆっくりとドアが開いていった。

「····ヒッ····」
「····あ····あぁっ····」

 何人かは短い悲鳴をあげ、何人かはくぐもった悲鳴を上げる。
間違いなく言える事は、全員が一瞬で恐怖に支配されたっていう事。

 暗闇の中からのっそりと入ってきたそれは、最初は何か分からなかったわ。
けれど徐々にこちらへ進んでくるにつれて月明かりに照らされていき、その異常な様相がわかってしまった。

 人の3倍程の大きさのそれは腐乱死体のような水ぶくれの青紫色をした何かだった。
鬼のような角と牙が頭と口にある。

 近付く度にビチャビチャとドス黒い液体が尾を引き、異臭を放つ。

「うぉ·にぃ····がぁぐれぇ····」

くぐもった、水に沈みながら話しているような何かを口から発する。

「かぁ·くれぇ····うぉぉにぃぃ····」

 何度か発音をしているうちに、言葉のように聞こえ出す。

「かくれーるー、おーにー」

やがて言葉として全員が聞いた。

「かくれんぼって、こと?」

 震えながらも口を開いたのは、確か30代の女性だったと思う。

 ····ニィ。

 同意するように鬼が口の端を持ち上げた。

 スパン!!

 鬼が手を振り上げた途端、長机が真っ二つ。

 バキッ!!

 大きな足を振り上げて椅子を踏み潰した。

「キャア!」
「うわっ!」

 何人かが突然の破壊行為にたまらず悲鳴をあげる。

「おれぇ、ぁ、おぉにぃ。
かぁくれる、みつけるぅ····くうぅ」

 大きな口が更に大きく開き、数多の牙と生臭い息が漏れる。
今にも襲いかかられるのかと思ったけど、突然ベチャリとその場に体育座りをして、尖った爪を持った手で顔を覆った。

「じゅーうー。
いーいー。
いーいーよー」

 勝手に自問自答して、ひとーつー、と数え始めた。