「お母さん、わたしそろそろ行ってくるね。今日は帰りに何か美味しいもの買ってくるよ」


「うぅぅ…っ、そう…っ、爽雨ちゃん……っ」



そんなふうに幼い頃は呼んでいたような気がする。


父親はこんなお母さんに付き合いきれなくなったのと、“自殺した息子の父親”というレッテルに耐えきれなくなってとうとう家を出ていってしまって。

1週間置きに送られてくる仕送りで生活する日々。



「あぁぁぁぁ…!!会いたいよぉぉぉ……!!」



見ていられなかった。

気づけばわたしはスクールバッグを置いて玄関ではない場所へ向かっていた。


子供のように泣きわめく母親の声を背に階段を上がって、目指すは初めてノックせずに入った兄の部屋。

事故前のまま、思い出は思い出のまま残してある殺風景でシンプルな一室。



「……“母さん”、」


「っ…!!爽雨……?爽雨っ、そう…!そうちゃん…!!」



長い髪をヘアゴムでまとめて、隠すように兄の帽子を被る。

そして彼の遺品であった高校のブレザーを身につけた。


そうすれば夢を見ている幼子のように、涙だらけの顔をキラキラとさせながら抱きついてきた母。



「泣かないでくれ母さん。…僕は……元気でやってるよ、」


「爽雨…っ、会いたかったわ…っ!!」