あぁ、そうだ。
ぜんぶおかしかったんだ。
自殺する数ヶ月前から夜中に帰宅するようになって、ろくに顔を合わせることができなくて。
そんなお兄ちゃんが死んだ日、彼がビルの10階から飛び降りた日。
病院のベッドに眠る姿は、飛び降りた打撃だけじゃないくらいに怪我だらけだった。
そんな姿は初めてだった。
真面目だと思っていた兄が、誰かに集団リンチに遭ったんじゃないかってくらいにボロボロだったから。
これは他殺だって、誰もが思ったことだ。
だからそれをしたのは久遠 綾羽なんだって、わたしは今まで思って生きていたけれど。
─────このひと……なの……?
『おねがいだ深雨。俺は、…俺じゃ、守れなかったんだ』
っ……!!
聞こえるはずのない声は、波に消されないほどにはっきりとわたしの耳に届いてきた。
お兄ちゃんの大切な人を殺したのは、目の前にいる鬼木。
そしてお兄ちゃんを殺したのは…アヤハ、じゃないの…?
「思い出したか負け犬くん。自分の惨めさってやつをよ」
あなたは今、泣いているの…?
それとも悔しがって、みんなみたいに怒ってる……?
ねぇお兄ちゃん。
もしわたしの前に久遠 綾羽が現れたとき、わたしもその気持ちを味わえるんだと思うと今までは喜びがあった。
だけど今は、どうしてかそれが怖くてたまらない。



