ひと撫でしただけで、ブラシにはたっぷりと黒い毛がまとわりつく。何度繰り返しても減らない抜け毛は、シエルの足もとでこんもりと山になっていた。ここにもう一匹子魔獣がいる、と言っても信じてしまいそうな量だ。

「ね、イルシャ」

 シエルが話しかけると、イルシャは口を大きく開けてあくびをした。

 ゆらりと揺れた尻尾がシエルの背中をぽふぽふと叩く。

 外気はずいぶんと涼しくなり、冬が近づいてきていることを教えていたが、シエルはグランツが訪れなかった頃より今のほうが温かいと感じていた。

 二人は無事に恋人になった今も、以前とほぼ変わらない距離を保っている。