外の世界での日々は素晴らしい経験になった。
 右を見ても左を見ても知らない人ばかり。頼れる人もなく、連絡したらすぐに会える友だちもいない。自分から進んで行動しなければ何も起きないし、誰かと話すことすらできないのだ。

 ゲストハウスやシェアハウスに滞在し、短期のアルバイトをしながら、一から人との関係を築いていく。全国各地に友人も知人もできて、沖縄には一番長く滞在した。さすが有名観光地で、人気の移住地だ。わたしと同じように各地を回っていたり、短期移住をする人たちが大勢いて、そこにいるだけで全国各地の話が聞けた。

 勿論大変なことも多かったけれど、何にもかえられない素晴らしい経験だったと、自信を持って言える。思いの外放浪が長くなってしまったため、大学は中退してしまったけれど、今のわたしを形作っているのは、この二年弱の経験であることは間違いない。


 そんなわたしの話を黙って聞いていた店長は、優しい表情で頷いて「そうだね、何にもかえられないね」と言ってくれた。

 なんて優しく、穏やかな表情をする人なのだろうと思った。
 こんなに穏やかな表情を、初対面で、しかもアルバイトの面接に来ただけの二十二歳の小娘に向けられるなんて。相当の善人なのか、心に余裕があるのか。それとも誉めそやしてわたしの本質を見極めようとするこの人の面接手法か。

 なんにせよ、地元に帰って来て一ヶ月。いくつかの企業の面接を受けたときに向けられた冷たい視線――落ちこぼれの問題児を見るような目をされなかっただけで、心はひどく満たされ、目頭がじんわり熱を持った。

 感謝の気持ちを充分に込めて頭を下げ、彼が微笑んでからは、さらに面接とは関係のない、ただの雑談が始まった。

 店長はわたしより五歳年上とのことだったけれど、好きな作家や映画、学生時代に聴いていた音楽までもが同じで、まるで旧知のように盛り上がり、話が尽きない。

 さらにバックパッカーをしていたという彼の話は面白く、とんでもない経験や経歴に、お腹を抱えて笑ってしまった。特に東南アジアの養鶏場で働いていたときの現地の同僚、通称「スズキ」の話は、一冊の本にまとめたいくらい面白かった。現地の方のあだ名を「スズキ」にしたというエピソードだけで一章が終わるほどのボリュームだった。


 一時間ほど雑談をしたところで、男性が「店長、次の面接の方が来ていますが……」と気まずそうな顔で伝えに来て、慌てて時間を確認した彼は「じゃあ採用で。早速明日から来られる?」と告げたのだった。
 今まで色々な仕事をしてきたけれど、面接中に採用が決まったのは初めてのことだった。

 仕事が決まった以上に、驚くほど意気投合したこの人に明日も会えるというのが嬉しくて。胸の高鳴りと頬の火照りを必死で隠しながら、大きく頷いた。

 人生の中で、ここまで意気投合する相手に出会える人は、一体どれくらいいるのだろう。

 少なくともわたしは、初めてのことだった。学生時代の友人で、今も仲良くしている人は何人かいる。気楽に、穏やかに過ごすことができる人たちだけれど、ここまで話が盛り上がるかといえばそうではない。各地で出会った友人や知人も同じだ。

 ここまで、これほどまでに全身が、わたしの雌が、細胞のひとつひとつまでもが歓喜するような人と出会えるなんて。想像もしていなかった、のに。