◇◇◇
 (朝陽side)


「ちょっと片付けるね……そこ座ってて! コーヒーでいいよね?」
「ああ、アイスでお願い」
 千紘は使っていた食器を食洗機に入れてからグラスにコーヒーともう一つはカフェオレを入れてテーブルに置いた。
「で、話って何?」
「……今日はちゃんと、自分の気持ちに向き合いに来た。」
 千紘は、何がなんだか分からないという表情を見せたが俺はそれに気付いていないフリをして一度目を瞑り息を吐くと千紘の目を見てはっきり伝える。
「俺、千紘のことがずっと好きなんだ」
「え……っ」
「……千紘と付き合っていたのは、責任や義務感からじゃないよ。本当に、別れてからもずっと千紘のことが好きだった」
 千紘は本当に驚いていて……俺がこんなこと言うなんて思ってなかったんだろう。
「え、でも……っ朝陽は私じゃない違う子が好きなんでしょ!」
「はい? 千紘以外に好きな子? そんなのいないけど」
 俺、千紘一筋なんだけど……千紘以外に好きになった人いないんだけど。
「そ、そんなわけないっ! だって、あの日だって朝陽女の人といたじゃん……すごく綺麗な人と、一緒にいたし楽しそうに笑ってたし」
 あの日……って、いつ? というか綺麗な人といたって、そんな人と知り合いいない気がする。
「……いつの話? どこでそれ見たの?」
「別れた日の夕方、学校の帰り道の喫茶店ミエルで見たの……」
 それって、もしかして……和希? あいつが女装してた時?
「それって、ロングヘア……だよね」
「……う、うん。確か……やっぱり知ってるんじゃん」
「知ってるというか、多分友達? 女装好きな変人」
 あの変人のせいなのか。マジかよ。しかもプロポーズしようって思ってた、日だろ?
 事実を暴露すると、千紘は唖然とした。まぁ、気持ちはわかる。

 
「えっ、女装?」
「そう、女装する変人。たまーに“偽”恋人役をしてたんだ。だけど、その日最後にして欲しいって頼んだ日だったんだよ……」
 まさかその日に見つかるなんて思わなかった。


「誤解させてごめん、言葉が足りなかったな。俺は千紘が本気で好きなんだよ」
「でも朝陽のあんな表情見て、私は別れようって……朝陽のこと私から解放しようって思って……私ズルいから、ずっと私だけの気持ちで縛っちゃダメだって、おも、って……っだから」
 千紘は泣きそうな顔をして「ごめっ……」と言って俯いてしまった。だから俺は千紘の体を引き寄せてそっと抱き締めた。
「俺の方がズルいよ」
「……なん、で」
「縛ってたのは、俺の方だよ……俺は千紘には傷痕があるから俺から離れられない。だから千紘に近づく男子から遠ざけたんだ。千紘が俺しか見えないように仕向けた」
 千紘から離れると、彼女の涙を拭う。
「……もう一度、俺に千紘を守らせて欲しい。千紘を幸せにするのはやっぱり俺がいい」
「……っ……どうして」
 千紘は俯いて、俺の顔は見ずに呟くように言った。
「どうして、今更そんなこと言うの……っ?」
「実はさ、俺の家に亜樹くんがさっき来たんだよね」
「え……っ」
 ……そう、ここに来る一時間くらい前のことだ。


 ***

 仕事終わり、家から近い駐車場に着いて車から降りると家の前には一つの人影があった。
「……こ、こんばんわ」
「千紘の……えっと、」
 名前がパッと出てこない……なんだっけ。
「応時です、応時亜樹です」
「ああ、応時くん……何か用かな?」
 確か、高校生の時以来だよね?
「はい、お話がしたくて来ました」
 千紘ならいないんだけど……彼氏なら知ってるはずだよね。
「……外はなんだし、上がって」
 ずっと外で話をするわけにはいかないから一度上がってもらうことにして、彼をリビングのソファに座ってもらった。
「亜樹くん……飲み物、麦茶とオレンジジュースとコーヒーどれがいい?」
「……麦茶で、お願いします」
 グラスを2つ出して氷を少しと麦茶を注いだ。それを彼の座るソファに持っていき出した。
「ありがとうございます、いただきます」
 彼が一口飲んだのを確認すると俺から話を切り出すことにした。
「で、なんの話かな? 俺のとこに来るなんて、用があったんだろ?」
「はい、俺……千紘と別れました」
 えっ……? 確かに千紘の幼なじみだけどそんな報告義務はないはずだ。なんで、そんな報告を俺にする必要があるんだろうか。
 大学生はまだまだ若いし、そういうのってよくあると思うし特別ではない。
「単刀直入に言います。朝陽さんは……千紘のことがまだ好きですよね」
「え……っ?」
「似たもの同士、ですね。朝陽さんも千紘も分かりやすくてお互いのことを想ってるんだなって」
 お互いを、想ってる……? 付き合ってたんだし千紘は彼が好きだったんじゃないのか?
「千紘は、朝陽さんと別れてからもずっと朝陽さんのことが好きでしたよ。俺と付き合ってからも……」
「なんで、そう思うの?」
「分かりますよ、好きな子が自分を好きじゃないことくらい……俺はズルいから千紘のことを繋ぎ止めていました。でも、あの、火事の日に朝陽さんと千紘を見て思い知らされました」
 彼は、切なそうな顔を見せて掠れるような声で言った。
「敵わないな、って」
 敵わない……?
「千紘のあんな表情、高校生から付き合ってたのに今まで見たことなかったんです。それに朝陽さんだって、彼女を見る瞳が愛おしそうだったから」
 そんな表情してた……? 千紘も、そんな……。
「2人は一緒にいるべきだって確信しちゃったんです。千紘の幸せは、朝陽さんのところにあるんだって」
「……亜樹くんはそれでいいの? 後悔、しない?」
「……はっきりは言えないです、だけど千紘のこと好きだから好きな人と幸せになってほしいから」
 こんないい子が千紘の彼氏だったのか……強いなぁ。
「……そう」
 でもそれを言いに俺のとこに来たわけ? 違う理由があるんじゃないのか?
「朝陽さん! 今から千紘に告白しに行ってください!!」
 ……いい子だけど、唐突すぎるだろ。