「あ、千紘〜おはよ、朝からお熱い様で」
「……おはよ」
「やっぱり亜樹くんって、千紘にベタ惚れだよね」
 べ、ベタ惚れ……そんなことないと思うけど。
「桜林さんって、応時くんと付き合ってるの?」
「……うん」
「えっ、えー!? やっぱりかっこいいから?」
「いや、そうじゃないよ」
 まぁ、イケメンの部類ではあるしそう思われても仕方ない。
「えっと……亜樹くんとは――」
「俺の必死なアタックを受け止めてくれたの、やっとオッケー貰えたんだから邪魔しないでよね」
 亜樹くんは、私を後ろから抱きしめてそう言った。なんか今日の亜樹くん……少し甘い気がする。
「じゃ、千紘ちゃん俺教室戻るから」
「う、うん……」
「バイバーイ」
 亜樹くんは可愛く去って行ったけど……教室内の空気は最悪だった。
「なんかあったのか?」
 担任が来ても空気は変わらず……先生は不思議そうにしていた。
 それから数日……亜樹くんと私が付き合っている事実は校内に伝わり、いろんな噂が広がっていた。
 その噂とは、いい噂ではなくて。
 主に私の悪い噂で『女使ってる』だとか、『応時くんの弱みを握ってる』だとか……あるわけない噂が飛び交っている。本当に、やめてほしい。そして、今――女子生徒数名に呼び出されました、体育館に。
 何で体育館の中なんだろう? 普通は、体育館裏だよね?
「あんたさ、どうやって応時くんに取り入ったわけ?」
「取り入ったわけじゃ……」
「……なんか弱みでも握ってんの? 応時くんは、みんなのモノなの! 王子様なの! 独り占めしないで!!」
 みんなのモノって……物じゃないんだから……。
「応時くんを返しなさいよっ」
「いや……亜樹くんは置物じゃないよ、そんな言い方ないよね。亜樹くんは人気者だからアイドルみたいな存在なのはわかるけど、でも彼は人だよ。物じゃ、ない」
「はぁ!? うるさい! 応時くんとは別れてよ!」
 意味がわからない……。でもさ好きなら堂々と告白すればいいんじゃないの? 勝手に崇めてさ遠い存在にして……それが相手を傷つけていることも知らないで。
「あなたたちみたいな人の言いなりにはならない、私は亜樹くんとは別れたりしないから」
 そうハッキリ伝えて去ろうとしたとき、1人の女子生徒に蹴られて後ろにあった体育倉庫に入れられた。ああ……だから、体育館中に連れてこられたのか。
 納得、納得……納得してる場合じゃないわ。これって、やばい状況じゃ?
「いい気味……ずっとここの中で反省してな」
 え……でも、部活で使うんじゃないのかな? あ、そういえば……菜央がなんか言っていたような気がする。たしか『今日は、どこも運動部休みなんだよ〜だから今日は綾とデートなんだ』って言ってすぐに帰って行ったことを、思い出した。そういえば、反省って何するんだろう?
 そうだ! スマホ! スマホで助けを求めればいいじゃん……そう思ったけどあれ、ポケット入れて――あ、あああ……教室だ、鞄のポケットに入れたんだった。
 じゃあ私は誰かが探してくれないと……先生が鍵確認するまでは出られないってこと、じゃん。
 日が落ちてきて、倉庫内には窓がないからか暗くて夏だけど、肌寒い。それに狭くて、まるで“あの日”のようだった。
 誰か、誰か助けて……。その時浮かんだのは、彼の顔だった。
『千紘のこと、どこにいたって助ける……絶対、1人になんかしないから』