大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

「そうだ。
 お前が初めて、一晩木に吊るして、濾過(ろか)した珈琲を淹れてくれたとき」

「……吊るしてません」

 そして、今も吊るしてません、と言われる。

 いや、その話の印象が強くて、と思いながら、行正は言った。

「あのときのことはよく覚えているぞ。
 お前に、俺の心の声がどう聞こえていたかは知らないが」

「『お前の淹れる珈琲、期待している』とおっしゃってたわりには、『この莫迦嫁め』とか思ってらっしゃいましたけど」

「……そこは間違ってない気がするな」

 行正は、この莫迦嫁め、と思った事実を素直に認める。

 だが、咲子が想像していた行正は、サーベルを手に冷ややかな目で咲子を見下ろし、

『この莫迦嫁め』
と罵っていたが。

 実際、行正の思った『この莫迦嫁め』は『()い奴め』というのと大差なかった。