営業先で振り撒いているキラキラ笑顔なんて、営業所内では見たことない。何なら、私の前では眉間に皺を寄せた難しい顔ばっかり。
……あぁ、なんだかまたムカムカしてきた。

唯一、声だけはタイプなんだけどなぁ。俳優の佐●健に似てる、少し掠れた低音。それ以外は、鬼の要素が勝ってしまう。
今日が金曜日でよかった。休みに入るから、月曜日まで顔を合わせなくて済むもん。

と、ほとんど私の恨み節で、駅までの道のりを歩き切ってしまった。
階段を上がって、人の波に乗って改札を目指す。
以前は同じ方面だった電車も、湯浅の結婚を機に反対方向になった。

仕事帰りに軽く飲みに行く、なんて機会もめっきり減ったなぁ。
湯浅の旦那さんは私も知っている人だから、誘えば付き合ってくれるんだろうけど、やっぱり独身時代のように気軽には声をかけられなくなった。

仕方ない変化だと理解しつつ、心はちょっとだけ寂しい。

「じゃあ、お疲れ。小澤はこのまま飲みにでも行くの?」
「うーん、一旦帰って考えようかな。予定はないけど、せっかくの金晩だし」
「外回りの後なのに元気だねぇ。行くなら気をつけて行くんだよ」
「ありがと。湯浅も気をつけて帰ってね。お疲れ」

同期という枠を越えて仲がいい自負はあるけれど、別れ際の挨拶の言葉尻に「お疲れ」がつく辺り、やっぱり私達は同期なんだよなぁ。
なーんてくだらないことを考えながら、湯浅と別れた。



主要駅まで戻り、電車を乗り換えて更に20分弱。
改札を出て10分ほど歩いたところにある4階建ての白いアパートが、私の住処だ。

オートロックのエントランスをくぐり抜けて、足早に302号室へと駆け込む。
横向きにも使える黒のリュックをぽいっと床に投げ捨て、空気がこもった部屋のクーラーのスイッチだけを入れて、私はすぐにバスルームに向かった。

シャワーを浴びて、メイクも落とす。
だけど、その後に着るのは、パジャマやルームウェアじゃない。

「今から向かったら、22時は過ぎちゃうなぁ……」

クローゼットから適当に見繕い、ノースリーブのニットとマーメイドスカートを取り出した。
それから、鏡に向かって、キラキラのアイシャドウを瞼に散りばめる。こんなメイク、仕事じゃ絶対しない。

「よし、カンペキ」

仕上げにお気に入りのリップを塗って、準備完了!
仕事用のローヒールのパンプスを尻目に、ヒールの高いパンプスを引っ掛けた。



夜道にヒールの音を響かせ電車に乗って、辿り着いたのはネオンが輝く夜の街。