イマジナリー嫁かぁ。主任もおもしろいこと考えるなぁ。
私も、万が一のこと考えてイマジナリー旦那欲しいかも……。

「だったら、いっそ結婚しちゃいます? 私たち」

自分と主任を交互に指差してケラケラ笑いながら、冗談とも本気ともとれないトーンで、言葉はするりと口から溢れていた。
こんなバカみたいな提案、よりによって主任が乗ってくるわけないでしょ。なんて思いながら。

当然、主任は固まっていた。切長の目は見開かれていて、息をするのさえ忘れているのでは……なんて思ったのも束の間。
主任の口元が、イタズラに緩んだ。

「俺は煩わしいプレッシャーから逃れられるし、おまえは友達の関心と、振った男にウソがバレた時の不安から解放される。……利害は一致してるわけやし、アリやな」
「……へ?」

思いがけない返答に、思わず声が出た。
そんな私を歯牙にもかけず、主任はスマホを操作し始める。

「へぇ。戸籍抄本とか婚姻届って、コンビニでプリント出来るんか。入籍に必要な書類って、わりとすぐ揃えられるんやな」
「ちょ……ちょっと! 待ってください」
「なんや、怖気付いたか?」
「怖気付いたとかじゃなくて……。主任、ほんとにいいんですか?」

好きな人がいるのに。その先の言葉は言えなかったけど、主任には私が言わんとしていることが伝わったらしい。
骨ばった左手がスッと伸びてきて、鼻をむぎゅっと掴まれる。

「はにひゅんですかっ」
「いらん心配せんでいい。もう叶わん想いのために、色んな圧に耐えながらいじらしく独身でおる理由はない」
「へも……」
「しつこいで。……それとも、なんや、小澤のほうが都合悪いんか?」

聞かれて、反射的に首を振る。状況を見てみても、メリットこそあれ、デメリットなんてものは見当たらない。強いて言うなら、主任のことが大嫌いだってことくらい。
でも、この結婚は利害の一致から発案した、謂わば契約結婚だ。気持ちなんて1ミリもないからこそ、好きじゃない相手とでも夫婦の仮面は被れるはず。だったら……。

「しましょう、結婚。お互いが自分のために、お互いを利用しましょう」
「決まりやな。今、身分証持ってるか?」
「運転免許証なら」
「よし。今後のことは後で決めよう。大河!」

主任が唐突にカウンターの向こうに立つタイガさんを呼んだ。
顔を上げたタイガさんは、驚いた様子もなく笑みを浮かべている。