2LDKのマンションの一室。私達の少しヘンテコな生活は、これからも続いていくらしい。
そのことに心底ホッとして息を吐く。も、主任は真剣な顔のまま私を見据えていた。
何かを言い淀むような様子を見せる主任に首を傾げると、彼は少し間を置いてから形のいい唇を動かした。

「あのさ、小澤」
「……はい?」

彼の視線にこもる熱が増す。いつになく真剣な表情だった。

「小澤がどんな環境で育ってきたのか、俺にはわからない。想像は出来ても、理解することはこれからも出来ない。けど、小澤が結婚や家庭に対して複雑な感情を抱いてることは……俺なりに、少しはわかっているつもりだ」
「……っ」

私が家の話をする時、主任は否定も肯定もせずに話を聞いてくれた。そのことにどれほど救われたのか、きっと彼は知らない。
だから私は、この家で、主任と、この生活を送っていきたいと思っていて。でも、だから。

「嫌だと思うのなら、無理強いはしない。怖いと思うのなら、少しずつでいい。だけど、少しでも今の生活を大切に思う気持ちを小澤も持ってくれているのなら……俺は小澤と、本物の家族になっていきたい」

少しだけ緊張した面持ちで、だけど低いその声はぶれることなく発せられた。
思いがけない言葉に、思わず息をするのも忘れてしまう。

この家で送る生活が大切なのだと気が付いた。主任のことも、大切な存在だと思っている。……だけどそれは、あくまでも同居人として考えていたからで。
私と主任が、本物の家族に……?

家庭を作るのは怖い。幼い頃から、冷え切った家庭しか見てこなかった。普通の家族を知らないでいた。だから私は、健太くんとのお付き合いを自分勝手に放棄した。普通の家庭を築いていく自身が、私にはなかったから。
だけど、契約結婚をして、主任と偽物の夫婦になった。一緒に生活をして、お互いの勝手はそれなりに理解したつもりだ。今更、本物の家族になったところで……何かが劇的に変わることはないのだろう。
仮に何かが劇的に変わることがあったとして、そこに順応するまで、主任は待ってくれる。順応できない部分は率先してカバーしてくれる。そういう信頼が主任にはある。

「……やっぱり、嫌、か?」

眉根を寄せ、僅かな不安を滲ませながら主任が私の顔を覗き込んでくる。
嫌なわけではない。それなのに……どうして私は、頷くことが出来ないんだろう。

「……って、好きなやつがいるんだって言い続けておきながら、ゲンキンだよな。ごめん」
「あ……いや、そうじゃなくて」
「変わり身が早いと思われても仕方ないが……俺は、おまえのことを1人の女として特別に思ってる」