しゃべる人形

宴の終わり、静まり返った居酒屋の空気に、不意に異変が混じった。
初めてのアルコールに、あかりの身体が悲鳴を上げたのだ。苦しげに顔を歪めた彼女を、僕は迷わず抱きかかえ、トイレへと駆け込んだ。
「あかり、大丈夫か……」
なかなか出てこない二人を心配した遥や安奈が声をかけてくる。「初めてだもんね、はしゃぎすぎちゃったのかな」と笑う彼女たちの声を聞きながら、僕は女子トイレの扉越しに、必死にあかりの背中をさすっていた。
吐き終えたあかりが、力なく顔を上げた。その目には、苦しさと、僕に対する戸惑いの涙が溜まっている。
「……ごめんね、こんな姿見せて」
「謝らなくていい。……ごめん、こんなこと言ったら変かもしれないけど、吐いている君を見て、僕は余計に君のことが好きだって思っちゃった」
僕の言葉に、あかりは息を呑んだ。彼女は混乱したのか、涙をボロボロとこぼしながら、僕の手をじっと見つめた。そして、震える手で、その吐瀉物を僕の頬と服に擦り付けた。汚れることも、臭いも、何もかもがどうでもよかった。
「あかり……。君のすべてが好きなんだ。汚れても、何でもいい。これが君の証なら、僕はすべて受け入れるよ」
僕がそう言って彼女を強く抱きしめると、あかりは安堵したように、けれど激しく喜びの涙を流した。そこへ、異変を察した遥や安奈がドアを開けて入ってきた。
「ちょっと! 何やってるの!?」
僕は汚れた顔と服のまま、真剣な顔で言い放った。
「あかりの吐いたものすら愛おしいんだ。彼女のすべてが好きだから、汚れることなんてどうでもいい」
一瞬の静寂。そして、遥と安奈は呆れ顔になりながらも、最後には声を上げて大笑いした。「あんたたち、本当に異常だよ!」と言いつつも、二人の目には優しい光が宿っていた。
正男も、入口で苦笑しながら呟いた。
「そこまで突き抜けてくれると、逆に清々しいな。……秋夫、あかりを今日ここに呼んで本当に良かったよ」
その夜、帰路につく車の中、汚れた服をまとった僕の横で、あかりは穏やかな顔で眠っていた。僕たちの門出は、誰から見れば異常で、誰から見れば滑稽だったかもしれない。けれど、僕たちにとっての幸せは、誰かの理解なんて必要としない、この剥き出しの愛そのものだったのだ。
車窓を流れる街灯の光が、僕たちの新しい未来を照らしていた。