しゃべる人形

「ごめんごめん、ちょっと遅くなっちゃった!」
葬儀場の入り口で、弾むような声が響いた。振り返ると、そこには夜勤明けの疲れを微塵も感じさせない、あの看護師さんの姿があった。吉野家のニコルに似た、どこか親しみやすい笑顔が、厳かな会場にふっと光を灯す。
「夜勤明けなのに、わざわざこんなところまで……本当にありがとうございます」
あかりのお母さんが深々と頭を下げると、彼女は「ううん、どうしても最後にお顔を見ておきたくて」と少し照れくさそうに笑った。彼女の優しさが、僕たちの心をもう一度、温かいもので満たしていく。
さて、と切り替えて僕たちは会場の奥へと進んだ。祭壇に飾る遺影を選ばなければならない。しかし、それが僕たちにとって最大の難問だった。おばあちゃんには親族がいない。どんな写真がおばあちゃんらしいのか、どれを最後の一枚にすべきなのか、誰にもわからなかったのだ。
僕たちは首をかしげ、悩み、祭壇の前で立ち尽くした。どの写真を見ても、僕たちが知らないおばあちゃんの側面ばかりが映っているような気がして、決め手がない。
「あの……」
困り果てた僕らを見かねて、葬儀場の担当者が歩み寄ってきた。僕たちが事情を説明すると、その担当者は静かに頷いた。
「皆さんがお婆様を思ってくださるお気持ちは、十分伝わりました。こちらでお選びしてもよろしいでしょうか」
その言葉に、僕らは安堵して頷いた。結局、すべてを彼らに委ねることにしたのだ。僕たちには選べないけれど、おばあちゃんを今日まで大切に思ってきたその心だけは、嘘じゃないから。
祭壇の前で、僕は小さく手を合わせた。おばあちゃん、これでいいよね。僕らだけの、小さくて温かいお葬式が、今、静かに動き出していた。