しゃべる人形

静まり返った深夜の家の中に、ふいに隣の部屋から乾いた音が響き始めた。
「カチン、カチン、カチン」
その規則的で硬質な音に、正志と正男が顔を見合わせた。
「おい、今の音……なんだ?」
遥や安奈も不安そうに耳を澄ませる。「猫が何かガチャガチャやってるみたい……。さっきの大きな猫かな?」
僕は心臓が跳ね上がるのを感じながら、みんなを制した。
「ああ、あれは気にしないでいいよ」
僕は努めて平然を装い、低い声で続けた。
「……あれは、うちの母親だよ。また猫の姿に戻って、何かを激しくひっかいている音なんだ。だから、絶対に襖だけは開けないほうがいい。もし今開けたら、そこには巨大な猫がいるだけで……すごく怖いことになるから」
みんなの顔からスッと血の気が引くのが分かった。言葉の端々に漂うただならぬ雰囲気に、彼らもこれ以上詮索するのはやめようと悟ったようだ。この家には、僕にしか分からない理屈と、僕にしか見えていない領域がある。それを説明したところで、誰も本当には理解できないだろう。
「……とにかく、明日も早い。おばあちゃんを囲んで、今はただ休もう」
そう言って僕は、おばあちゃんが眠るこの部屋の明かりを落とした。
隣の部屋から聞こえる「カチン、カチン」という音は、まるでこの世とあの世を繋ぐ時計の針のように響いていた。僕たちは、すぐそばに眠る亡きおばあちゃんの気配を感じながら、押し寄せる睡魔に身を任せた。
襖の向こうで何が起きているのか。それを知らなくていい。ただ、この静かな夜だけが、僕たちを優しく包み込んでくれていた。