しゃべる人形

あかりと手をつなぎ、昨夜の夢の余韻を噛みしめながら歩いていると、聞き覚えのある鳴き声が背後から響いた。
「にゃあ。にゃあ」
振り向くと、そこにいたのは我が家の猫、いくちびだった。どうやら僕の後を追って、ここまで見送りに来たらしい。いくちびはいつもの愛嬌のある表情ではなく、どこか悲しげな目で僕を見つめながら、一歩一歩、あかりの家まで足を進めてきた。
「あら、いくちびちゃん?」
あかりが驚いてしゃがみ込み、その小さな体を優しく抱き上げる。猫に触れた瞬間、あかりの指先から柔らかな温もりが伝わったのか、いくちびの張り詰めていた表情が少しだけ和らいだ。その光景を見ているだけで、昨夜からの僕たちの胸を締め付けていた悲しさが、少しずつ溶けていくような気がした。
しかし、抱かれたままのいくちびは、急に哀愁を帯びた声で鳴き始めた。
「にゃあ、にゃあ……(お前ら、いいなぁ。仲良さそうで。俺なんて誰もいねぇよ)」
それは半分やきもちのようにも聞こえる、切実な独り言だった。僕は思わず苦笑しながら、いくちびの頭を撫でる。
「……お前も、いつかきっといい出会いがあるさ。頑張れよ」
僕がそう声をかけると、いくちびは「えーん、えーん」と子供のように泣きじゃくりながら、あかりの腕の中から抜け出して学校の方へ向かって走り出した。
「おい、待て! 学校まで来ちゃダメだよ!」
僕は慌てて追いかけようとしたが、いくちびはどこか遠くの未来を知っているかのような足取りで先へ進んでしまう。あかりは「にゃんこ、にゃんこ」と言いながら、不思議なほど自然な手つきで猫を追いかけ、もう一度優しく抱き上げた。
僕が手を伸ばすとスッと逃げてしまうのに、あかりにはあんなにも大人しく抱かれている。その光景は、どこか不思議で、少しだけ切ない。僕たちの境界線が、あかりといくちびという存在を通して、少しずつ交じり合っていくような、そんな不思議な朝だった。