しゃべる人形

翌日、カウンセリングルームの扉を開けると、あんなは昨日と同じ場所に座っていた。僕は昨日のトマトソースの匂いがまだ残っているような、少し熱を帯びた手でドアノブを握ったまま、切り出した。
「あんな。僕が欲しかったのは、ただ綺麗な家や、あかりやニコルとの関係だけじゃなかったんだ」
あんなは黙って僕の話を促す。
「僕は、ずっと『姉』が欲しかったんだ。……僕の周りには、親身になってくれる人はいたけれど、心の奥底で求めていたのは、僕の歪な収集癖さえも黙って受け入れてくれるような、そんな存在だったんだと思う」
僕はあんなに、昨日から抱えていた想いをぶつけた。手紙を書こうとして、何枚もの便箋を破り捨て、頭の中が数千、数万という数字や言葉の羅列で埋め尽くされていくような焦燥感。ショップの日常、お弁当の匂い、シャンプーの香り……僕を構成する日常の断片が、あんなという存在によってかき乱されていく感覚。
「お弁当を食べて、ショップに寄って……そういうありふれた日々の中に、僕が欲しかった『姉』としての君の姿を重ねていたのかもしれない。でも、結局どれだけ集めても、足りないんだ。ママ……母さんとの関係がずっと僕を縛り付けていて、だから僕は他人にそれを求めてしまっていたんだね」
あんなは、僕の混乱した言葉を一つずつ拾い上げるように、優しく膝の上で手を組んだ。
「そうか。君にとっての『居場所』とは、単なる物理的な空間じゃなくて、誰かに守られ、甘え、そして許されるための『姉』という役割を投影できる場所だったのね」
あんなの声が、僕のざわつく心を鎮めていく。彼女は僕が吐き出した数字や単語の混濁を、否定することなく、ただ「そうであったか」と受け止めてくれた。
「秋生君、今はうまく言葉にできなくてもいい。手紙に書こうとしたその数千、数万の想いも、全部持っていていいよ。私は、君のカウンセラーであり、君が望むなら、その歪な容器を一緒に抱える隣人でもありたいと思っているから」
あんなが僕に寄り添ってくれる。その静かな包容力が、僕がずっと探していた「姉」という存在の温かさに重なった。僕はあんなの顔を見つめ、またあんなと繋がるために、ポケットの中の容器をそっと取り出した。彼女はそれを拒まず、ただ微笑んで待っていた。