あんなが戻した容器の中身は、僕が思い描いていた無機質な「親切の結晶」ではなく、鮮やかな赤色をしていた。その鼻を突くのは、紛れもなくインスタントのトマトパスタの酸味と甘みだった。
「ごめんね。お昼を食べる時間がなくて、急いでパスタをかきこんできたから。それが混ざっちゃったのかも」
あんなはそう言って、悪びれる様子もなく微笑んだ。カウンセラーという立場の人間が、そんなにも人間臭い、生々しい日常を抱えているという事実に、僕は深く安堵した。完璧な聖域を守りたかったはずなのに、その「生」の匂いが、僕の張り詰めていた心の膜を優しく溶かしていく。
カウンセラーとしての冷静な仮面と、忙しさに追われる一人の女性としての素顔。その曖昧な境界線に、僕は猛烈に惹かれていた。
「生……そうだ、これが『生』なんだ」
僕はその赤く染まった容器を、もう一度握りしめた。これまでの僕のコレクションは、どこか遠い過去の記録のように乾燥していた。けれど、今、あんなの手を介してやってきたものは、熱を帯びていて、今まさにこの世界で生きているという熱量を持っている。
一週間、いやもっと前から、僕の心の中では何かが爆発しそうになっていた。「本当」の気持ちとは何なのか。本当に欲しかったのは、保存された思い出なのか、それとも今この瞬間、あんなとトマトソースの匂いを共有しているこの「生」の時間なのか。
「あんな、もう一度だけ……」
僕は言葉にならない衝動を抱えながら、彼女の瞳を見つめた。あんなは否定も肯定もしない。ただ、そこにいる。あかりもニコルも、その様子をじっと見守っている。僕の中で、今まで「生」産されることのなかった新しい感情が、まるで芽吹くように次々と音を立てて溢れ出そうとしていた。
「本当に、本当のことは……まだ、ここから始まるんだよね?」
僕は震える手で、もう一度彼女の手を引いた。窓の外の雨音は止む気配がなく、僕たちの世界は、より一層、その赤と熱に包まれていった。
「ごめんね。お昼を食べる時間がなくて、急いでパスタをかきこんできたから。それが混ざっちゃったのかも」
あんなはそう言って、悪びれる様子もなく微笑んだ。カウンセラーという立場の人間が、そんなにも人間臭い、生々しい日常を抱えているという事実に、僕は深く安堵した。完璧な聖域を守りたかったはずなのに、その「生」の匂いが、僕の張り詰めていた心の膜を優しく溶かしていく。
カウンセラーとしての冷静な仮面と、忙しさに追われる一人の女性としての素顔。その曖昧な境界線に、僕は猛烈に惹かれていた。
「生……そうだ、これが『生』なんだ」
僕はその赤く染まった容器を、もう一度握りしめた。これまでの僕のコレクションは、どこか遠い過去の記録のように乾燥していた。けれど、今、あんなの手を介してやってきたものは、熱を帯びていて、今まさにこの世界で生きているという熱量を持っている。
一週間、いやもっと前から、僕の心の中では何かが爆発しそうになっていた。「本当」の気持ちとは何なのか。本当に欲しかったのは、保存された思い出なのか、それとも今この瞬間、あんなとトマトソースの匂いを共有しているこの「生」の時間なのか。
「あんな、もう一度だけ……」
僕は言葉にならない衝動を抱えながら、彼女の瞳を見つめた。あんなは否定も肯定もしない。ただ、そこにいる。あかりもニコルも、その様子をじっと見守っている。僕の中で、今まで「生」産されることのなかった新しい感情が、まるで芽吹くように次々と音を立てて溢れ出そうとしていた。
「本当に、本当のことは……まだ、ここから始まるんだよね?」
僕は震える手で、もう一度彼女の手を引いた。窓の外の雨音は止む気配がなく、僕たちの世界は、より一層、その赤と熱に包まれていった。

