しゃべる人形

僕は、あんなの真っ直ぐな視線から逃げるように、膝の上の容器を抱きしめた。そのプラスチックの感触は、確かにかつての温もりを留めているけれど、同時に冷たい現実の硬さも持っていた。
「あんな、もし全部捨ててしまったら、僕は空っぽになってしまう。僕には、この積み重ねてきた記憶がないと、自分という形を保てないんだ」
僕の言葉に、あんなはソファから立ち上がると、窓際へ歩み寄った。外はどんよりとした曇り空で、今にも雨が降り出しそうだった。彼女はカーテンを少しだけ開け、外の湿った空気を部屋に取り込んだ。
「秋生君、空っぽになるのは、悪いことじゃないよ。器が空っぽだからこそ、そこに新しい風や、新しい言葉が入ってくる。人形たちを大切にする気持ちは否定しない。でもね、今、この瞬間にあかりちゃんやニコルさんが見せている表情は、君が集めていた過去の記憶とは違うものだよ。今の彼女たちは、君が今ここでどう生きるかを見つめている」
あんなは振り返り、僕の目の前で膝をついた。その距離感は、かつて学校で隣の席に座っていた時のような、懐かしくて少しだけ痛い近さだった。
「私を『標本』にしたかった時の秋生君は、誰よりも優しかったよ。でも、今の秋生君は、あかりちゃんやニコルさん、そして私という『生きている人間』と向き合おうとしている。それって、標本を集めることよりもずっと怖くて、ずっと素晴らしいことだと思わない?」
あんなの手が、僕が抱きしめていた容器にそっと触れた。僕は思わず手を離しかけたが、それをぐっと堪えた。容器の中にあるのは、僕が壊されないために必死で守ってきた欠片たちだ。でも、あんなの瞳を見ていると、その欠片たちが少しずつ、ただのモノに戻っていくような感覚に襲われる。
「私、待つよ。今日すぐに全部を捨てろなんて言わない。でも、これからはカウンセリングルームだけじゃなくて、こうして秋生君の家で、私たちと『今』の話をしよう。そのうちに、君が自分から『もう必要ない』って言える日が来るはずだから」
あんなはそう言って、僕の頭にそっと手を置いた。あかりが安堵したように息をつき、ニコルが柔らかな眼差しで僕を見守っている。窓の外で、ついに雨音が降り始めた。それは、僕がかつて書いた物語のように、すべてを洗い流すような、静かで確かな響きだった。